【きょうのテーマ】金栗四三さんの古里を訪ねる 熊本県和水町、玉名市

金栗さんがストックホルム五輪で着たユニホーム。日の丸が付いている
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ミュージアムに展示されている若い頃の金栗さんの写真
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ミュージアムで金栗さんの歩幅を体験する平川記者
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金栗さんの生家記念館
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 ●日本初のオリンピック選手 片道6キロ駆け足登校、今も愛される人柄

 放送中のNHK大河ドラマの主人公、金栗四三さん(1891~1983年)は日本で初めてオリンピック(五輪)に出場したマラソン選手です。熊本県和水町で生まれ育ち、晩年も同県玉名市で暮らしました。どんな人だったのか、こども記者が取材しました。

【紙面PDF】きょうのテーマ=金栗四三さんの古里を訪ねる

 こども記者は、まず期間限定の金栗四三ミュージアム(和水町)を訪ねた。中に入ってすぐの所に、金栗さんが90歳の時にきごうした座右の銘「体力 氣力 努力」の書が飾られていて、力強さを感じた。

 館長の北川雅和さん(52)の案内で見て回った。金栗さんがスウェーデンのストックホルム五輪(1912年)で着た日の丸付きのユニホーム、底が3枚重ねの足袋、カバンなどが並んでいた。金栗さんが「NIPPON」と書いたプラカードを持って入場する珍しい写真もあった。

 金栗さんの走る歩幅(約150センチ)を体験するコーナーもあった。こども記者は1歩分をぴょーんと飛ぶだけで精いっぱいだった。

 ■生家には昔のにおい

 次に金栗さんの生家記念館(同町)に行った。庄屋をつとめた家は築200年以上。想像より大きくて、びっくりした。中には土間もあって、おじいちゃん、おばあちゃんの家のような昔のにおいがした。和水町教委社会教育課の益永浩仁課長補佐(51)は「金栗家は造り酒屋を営んでいたから、少しお酒のにおいもします」と教えてくれた。

 金栗さんは8人きょうだいの7番目。子どもの頃の写真が置かれた勉強部屋もあった。元々は体が弱かったが、小学校まで片道6キロを駆け足登校して丈夫になり、吸う息と吐く息を「すっすっはっはっ」と2回ずつ分けて呼吸する方法も発見したそうだ。

 ■「おしゃかさま」

 最後に、金栗さんが養子になった玉名市の池部家に行った。戸籍は「池部四三」になったが、本人は金栗と名乗り続けたという。

 この家には、金栗さんが冷水浴のために使った水くみポンプ、ひなたぼっこを楽しんだいす、古い写真などがあった。生前の金栗さんを知っている地元の一瀬憲司さん(68)が「あだ名は『おしゃかさま』。優しくて、子どもが好きな人でした」と教えてくれた。

 雨の中、家の近くの坂を上って金栗さんの墓にお参りした。そばに立つ石碑には、やはり金栗さんが好きな「体力 氣力 努力」という文字が刻まれていた。

 ●金栗さんは、年をとっても走っていた

 金栗さんは父親が43歳の時に生まれたから「四三」と名付けられた。生前を知る一瀬憲司さんに金栗さんのエピソードを聞いた。

 金栗さんは年をとっても家の近くを走っていて、子どもたちが「金栗さんが来なはったばーい」と言ってついて回ったそうだ。外国に行ったことがある金栗さんに「あれは英語で何て言うと?」と尋ね、教えてもらうこともあった。

 金栗さんは地元のマラソン大会に招かれたが、あいさつの話が長く、聞く人たちは疲れたという。自分が子どもの頃に体が弱かったこともあり、「親からおこづかいをもらったら生卵を買って、体力をつけなさい」と言っていたそうだ。普段は優しかったが、孫がこま回しをあきらめかけた時は「途中であきらめてはいけない」と強くしかって励ましたという。(写真は1980年頃の金栗さん)

 ●わキャッタ!メモ

 ▼金栗四三ミュージアムと生家記念館 ミュージアムは熊本県和水町大田黒623‐1。2020年1月13日まで。小中学生300円など。生家記念館は同町中林546。19年12月23日まで。小中学生200円など。

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=2019/04/11付 西日本新聞朝刊=

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