【九州の100冊】『沈黙』 遠藤周作 転び者の声なき声を

1635年ごろ日本人司祭次兵衛が潜伏したと伝えられる山奥の洞窟。ロドリゴの隠れ処を思わせる=長崎市神浦扇山町
1635年ごろ日本人司祭次兵衛が潜伏したと伝えられる山奥の洞窟。ロドリゴの隠れ処を思わせる=長崎市神浦扇山町
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 カトリック作家遠藤周作の代表作『沈黙』(一九六六年)は発表されてしばらく、作家が愛し、小説の舞台とした長崎では「禁書」にひとしかった。司祭が踏(ふみ)絵(え)に足を掛ける結末を快く思わなかった教会の指導者から糾弾されたためである。

 司祭ロドリゴが潜伏したトモギ村こと外(そと)海(め)。角(す)力(もう)灘を見下ろす「沈黙の碑」は建立間もない一九八八年、何者かによって青ペンキがかけられた。二〇〇〇年には遠藤周作文学館が開館、陸の孤島といわれた寒村に年三万を超す遠藤ファンが訪れている。だが土地の人は「遠藤先生の沈黙ですか…。難しゅうして、ようと分からんです」などと言葉を濁すのである。

 平成の大合併で長崎市に編入された外海は、遙かに五島を望む西彼杵半島の西岸にあり「かつては全村民のほとんどが洗礼を受けた」キリシタンの里である。徳川の禁令から七代にわたる弾圧をなめた子孫には、フィクションとはいえ、往時を活写した小説は読むに辛(つら)いのかもしれない。心ならずも「転んだ」先達の、足の痛みを思うのだろうか。

 外海を訪ねた日は、ロドリゴが上陸した翌朝と同じように雨が降り続いていた。遠藤も取材で訪れた枯松神社は、全国で三社しかないというキリシタンを祀(まつ)る祠(ほこら)だった。近くに横たわる自然石は表面がごつごつしており、よく見ると十字が刻まれている。

 「キリシタン墓です。十字架が見えんように、表と裏を逆さにして置かれとったとです」。外海史跡保存会の山崎政行さん(76)が教えてくれた。

 表向きは仏徒を装い、子へ孫へと祈りの言葉であるオラショをひそかに口伝えた末(まつ)裔(えい)は、教会に戻ったカトリックと寺に帰依した仏教徒、そして潜伏時代の習俗を守るカクレキリシタンとに分かれている。禁令が解けて百三十三年。選び取った宗旨の違いからいがみ合うこともあった三派に、変化の兆しが見えてきた。

 枯松神社で年一回、そろって先祖を偲(しの)ぶ祭りが六回を数える。一昨年は、カトリック式のミサに続いてキリシタンの爺(じい)役(やく)がオラショをささげ、僧が教えを説いた。潜伏時代、外海の住民が形の上で檀家となった曹洞宗天福寺の十一代、塩屋秀見住職(53)である。

 椎(しいの)木(き)がザワザワ音を立てていた。住職はこう呼び掛けた。「一本一本の木、一枝一枝が、四百年前の先祖の思いを受け継いで、この日を喜び音を立てているのでしょう」

 同じように遠藤順子夫人(78)は『沈黙』についてこう語っている。「転び者として教会の歴史に長く閉じ込められてきた多くのキリシタンの声なき声こそ、主人は書きたかったのです」。

 遠藤周作は『沈黙』の執筆に取り掛かる前、肺結核で三度の手術を受けている。心臓が何秒か停止するほどの難手術だった。四〇〇〇CCの血を流し、死と向き合うなか、看護婦に手を握られ「ふしぎに傷の痛みが鎮まっていくのを感じた」。病室へ戻ると、苦しみと孤独とを打ち明ける相手だった九官鳥が、身代わりのように死んでいた。

 病床体験などを題材にした短編群に登場する犬の眼(め)や鳥の眼は、人間の弱さをほんとうに理解する同伴者イエスを暗示している。『沈黙』のイエスも、主人公がマカオで思い描く「雄々しい力強い顔」が徐々に変化してゆき、踏絵の場面では、くたびれ果てた「悲しげな眼(まな)差し」で司祭を見つめる。そして「私は沈黙していたのではない。一緒に苦しんでいたのに」と語りかけるのである。

 枯松神社を訪ねた次の日。山崎政行さんの先導で次(じ)兵(へ)衛(い)岩を目指した。ダム上流にある林道の行き止まりから杖(つえ)を頼りに沢伝い、一時間余り登ったところにそびえる巨岩の洞窟は、小説と同時代に日本人司祭がひと冬を過ごした隠れ処(が)だった。近くには炭焼き窯の跡もあり、山中を彷(ほう)徨(こう)するロドリゴがよみがえってくる。

 「ほら、これが大文字草。褪(あ)せてしまっとるけど、十月から十一月ごろは真っ白か花ばつけて、そりゃあ美しかですよ」。苔(こけ)むした岩の間からのぞく野草に、山崎さんは腰をかがめた。遠藤も、繰り返される蠅(はえ)の羽音、蝉(せみ)の声、鶏鳴といった単調なリズムで自然を描きながら、その汎神的風土にも働く神の存在を映し出そうとした。

 母に従い十二歳で受洗した遠藤は、「着せられた洋服」であるキリスト教をぬぎ棄(す)てられず「自分に合う和服」に仕立て直す試みを生涯続けた。『死海のほとり』『侍』へと続く母のイメージをもつ同伴者イエス、そして『沈黙』とともに柩(ひつぎ)に入れられた最後の長編『深い河』で到達した、文化や国の違いに応じてさまざまな表情を見せる神の提示である。

 生前、遠藤が「神が僕のためにとっておいてくれた土地」といった外海の文学館のテラスに立つ。眼前に広がる凪(なぎ)の海に、うるんだ夕(ゆう)陽(ひ)が吸い込まれていった。海も陽も、もちろん何も語らなかったが。  

=敬称略

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 えんどう・しゅうさく 1923(大正12)年3月27日、東京・巣鴨で生まれる。大連から帰国後の35年受洗。慶応大仏文科卒。50年、戦後初の留学生として渡仏。55年「白い人」で芥川賞。安岡章太郎、吉行淳之介らとともに「第三の新人」と呼ばれる。九大医学部の生体解剖事件を題材にした「海と毒薬」で文壇的地位を確立。純文学の傍ら執筆した「ぐうたらシリーズ」などの“狐狸庵もの”も人気を集める。素人劇団「樹座」の結成、心あたたかな医療キャンペーンも展開。95年文化勲章。96年9月29日死去。

※「九州の100冊」は2006年~08年に西日本新聞で連載。九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら作品を紹介したシリーズです。この記事は2006年2月19日付で、内容は当時のものです。

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