【九州の100冊】『栗林慧全仕事』 栗林慧 虫の目を手に入れた男

草原のひょうきん者・ショウリョウバッタ(栗林慧さん提供)
草原のひょうきん者・ショウリョウバッタ(栗林慧さん提供)
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 おそらく多くの読者が、どこかで一度は目にしたことがあるはずだ。虫の目線で見たような、迫力満点の虫の写真。通称「虫の目レンズ」で撮影された作品である。

 〈虫=小さな生物〉という固定観念を吹っ飛ばすように圧倒的な存在感を放つ昆虫たちは、まるで恐竜だ。見ているうちに、別世界に迷い込んだような不思議な気持ちになる。実際の虫の目に映る世界は、複眼の構造やその位置から、人間と比べてはるかに視野は広く(時に三六〇度)、ずっと解像度が低い。つまり、写真のような像ではないのだ。

 「人間であるぼくが『虫の目』を手に入れて、撮影できたんです」

 栗林慧さん(67)はうれしそうに解説してくれた。一般的な接写レンズでは、虫は写せても背景はボケてしまう。手前の虫を拡大しながら、遠距離まで写し込めるのが栗林さんが独自に開発した「虫の目レンズ」による写真である。「内視鏡やビデオカメラなどいろんなレンズを使って、二十年近い試行錯誤を重ねました。たどり着いたのが、急速に精度がアップした監視カメラの小さなレンズ」。セキュリティー社会の思わぬ副産物というわけだ。

 撮りたい作品のためにレンズから手作りするのが栗林流。「栗林慧全仕事」は、「誰も撮影したことがない写真を撮る」ことを自らに課してきた栗林さんの業績をまとめた、二〇〇一年時点の総括である。表紙を飾るのは、長崎県平戸島の川内峠で撮影した威風堂々たるトノサマバッタ。人の目と虫の目が一つになった視野に広がるのは、なじみ深くも、「新鮮な驚きを与え続けてくれる」西九州の里山の緑、海の青である。

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 アンリ・ファーブル(一八二三-一九一五)は、人生半ばを過ぎて南仏の小さな村、セリニアンに移り住んだ。地元でアルマス(荒れ地)と呼ばれる裏庭で昆虫観察を行い、「昆虫記」をつづっていった。トノサマバッタが見下ろす長崎県・田平の里山こそ、栗林さんにとってのアルマスである。

 その原形は約四十年前、東京都の高井戸にあった。当時、学習研究社(学研)で児童向け雑誌「科学」に携わっていた編集者、桑原隆一さん(66)=東京在住=は、カメラ雑誌で見たアリの写真に息をのんだ。

 「一番驚いたのは、生きて動き回るアリの生活が撮影されていたこと。当時は、信じられないことでした」

 サラリーマン生活の傍ら昆虫の撮影を始めていた栗林さんのデビュー作となった組み写真「アリ君の日記」である。桑原さんは「科学」用に新たな撮影を依頼し、数日後、高井戸にあった栗林さんの借家を訪ねた。桑原さんら学研スタッフを待っていたのは、裏庭の穴掘りだった。

 「巣の奥にいるアリの生態を観察するために一晩かかって深さ約四メートルの穴を掘ったんです。翌日、クリ(栗林)さんが撮影したんですが、そのときのカメラが独特なものでした」

 「昆虫スナップカメラ」と名付けた改造カメラである。当時のフィルム感度は低く、動く昆虫の接写は極めて困難という時代だった。不可能な撮影を可能にする-。写真家・栗林さんのキャリアは、新技術開発の積み重ねでもある。光学や加工に関する知識はすべて独学。「必要こそ発明の母ってわけです」

 昆虫スナップに次いで挑戦したのは「瞬間を止める」こと。チョウの羽ばたきは三千分の一秒程度のシャッター速度で止めることができたが、花から花粉が飛散する瞬間など「植物の動き」を止めるには五万分の一秒が求められた。自作の高速電磁シャッター、光センサーを用いた自動撮影システムを開発した。九八年に完成し、バッタやカマキリなどある程度の大きさの昆虫をとらえてきた「虫の目レンズ」は、デジタル時代に入って、アリの目線でアリを撮ることができるように進化した。

 「アリの行動は社会的で観察して飽きない。体が小さくて、巣穴が狭いなど撮影条件が厳しいから、アリが撮れたら、撮れない昆虫はない」。アリの撮影から始め、アリに導かれて、ついに手に入れたアリの目である。

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 時計を解体して親にしかられる。昆虫採集や飼育に熱中する…。多くの男の子をひきつけてやまない「メカと虫」。思春期の終わりとともに関心は薄れていくが、栗林さんの場合、二つは融合したまま雪だるまのように膨らんで、今に至る。自然豊かな田平は「子どものころから友達だった虫がたくさんいる格好のフィールド」。昆虫が活動を停止する冬季は、静かに技術の研究開発、工作に集中できる。「永遠の少年」の生活である。

 以前、撮影中の栗林さんを追ったテレビ番組を見た。撮影中の栗林さんの背中か肩の辺りにトンボが止まったシーンは今も鮮明だ。約六年間、栗林家に“居候”した兵庫県立大学教授の大谷剛さん(59)=昆虫行動学=は語る。「自然と一体化するのか、気配がなくなるのか、なぜか虫が逃げない。不思議な人です」

 「アリの目になって足元を見つめると、実に豊かな世界が広がってることにあらためて驚いてます。ファーブルがペンで描いた世界をぼくはカメラで表現しているんです」

 不思議な形のカメラを手に、腰を折って、地面を見つめる男を田平で見かけたら、それは現代のファーブル、栗林さんである。

 =敬称略

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 くりばやし・さとし 1939年、中国・瀋陽で生まれ、3歳の時、父の郷里・長崎県北松浦郡田平町(現・平戸市田平町)に転居。父の死に伴い、50年に一家で東京に移り住んだ。保険会社勤務の傍ら写真の基礎を学び、69年にフリーの生物生態写真家になる。77年、郷里の田平町に戻り、長崎県北部をフィールドに昆虫を追うことになる。78年、日本写真協会新人賞を受賞するとともに、写真展「源氏蛍」で伊奈信男賞を受ける。独自に開発した撮影機材を駆使して昆虫の近接撮影を行うほか、5万分の1秒という超高速写真で飛翔中の昆虫を撮影するなど、前例のない生態写真を次々に発表し、91年には西日本文化賞を受賞。主な著作に日本写真協会年度賞に輝いた写真集「栗林慧全仕事」のほか、「The MOMENT」「昆虫の飛翔」など。2006年、科学写真のノーベル賞といわれる「レナート・ニルソン賞」を受賞した。


※「九州の100冊」は2006年~08年に西日本新聞で連載。九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら作品を紹介したシリーズです。この記事は2006年12月03日付で、内容は当時のものです。

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