<9>「朝練」先導役に緊張

●バルセロナ五輪女子マラソン日本代表 小鴨 由水さん

 1990年4月、ダイハツ工業に入社した私は、陸上部の寮に入りました。朝から晩まで、陸上漬けの日々の始まりです。

 朝は午前5時50分起床。6時10分に寮の玄関に集合し、まずは「朝練(あされん)」です。ウオーミングアップの体操の後、隊列を組んで寮の周りを約50分、ジョギングします。先導役は日替わり制。きっかり50分で帰ってこないと、朝食の時間がなくなるので責任重大です。私は根が心配性なもので、初めて先導役を務める時は、前の夜から相当、緊張しました。かなり早く寮に着いてしまい、近辺をうろちょろ回って帳尻を合わせましたね。続いて、寮で筋力トレーニングを30分ほどやり、朝練は終わりです。

 余談ですが、先導役と言えば、後日の米国合宿でハプニングがありました。主将でムードメーカーの藤村信子さんが、先頭で快調に仲間を引っ張っていました。すると、列の後方から車で付いていた鈴木従道(つぐみち)監督が急にエンジンをふかして横に並び、叫びました。「藤村ーっ、そこは高速道路だ。はねられるぞーっ」

 本題に戻ります。午後の練習は午後3時から、大阪府吹田市の万博記念競技場で。決められたタイムで走る「ペース走」を10~20キロ走ります。距離は高校時代と変わりませんが、ペースが全く違います。先輩たちについていくのは、最初は無理でしたね。

 午後6時に寮で夕食を取った後は、会社が提携しているスポーツクラブのプールで約2千メートルを泳ぎます。膝や関節に負担をかけずに心肺機能を鍛えられる水泳は、長距離走の練習法としてとても有効なんですよ。寮に帰るのは午後9時。まさしく「バタンキュー」で熟睡していました。

 とはいえ、社会人なので仕事もしました。私の職場は人材開発室給与グループで、勤務は午前9時からの3時間。先輩方は「練習で疲れているでしょう」と気を使ってくれて、やることがほとんどありません。せめて電話でも取ろうとしたら、他の人がサッと取ってしまう。「私にも何かやらせてください」と申し出たら、「じゃあ、このコピーお願い」と言われる始末です。あんなに長く感じる3時間はなかったですね。

 当時の日本はバブル経済の終盤でした。企業にも、私たちのような社員を抱えておく十分な余裕があったのですね。私たちの役割は、女子駅伝やマラソンで好成績を収めて社をPRすること。それだけでした。

=2018/04/12付 西日本新聞朝刊=

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