<37>潜在能力は世界記録

2000年にランニング講習会の後、記念写真に納まる田中宏暁さん(左)と小鴨さん
2000年にランニング講習会の後、記念写真に納まる田中宏暁さん(左)と小鴨さん
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●バルセロナ五輪女子マラソン日本代表 小鴨 由水さん

 1996年、岩田屋女子駅伝部に入った私は、福岡大体育学部の運動生理学研究室に出向きました。再びマラソンを目指す上で、私の課題は何なのか、私の肉体はどのくらいの可能性を秘めているのかなどを、体力測定などで科学的に解き明かすのが目的でした。

 出迎えてくれたのは、田中宏暁(ひろあき)教授。九州のスポーツ科学の権威と聞いていましたが、とても気さくな方で、偉そうな感じは全くありません。岩田屋女子駅伝部には発足前からアドバイスをくださり、私たち部員の「最強のサポーター」といった存在でした。

 田中先生のすごいところは、自ら実践する「走る大学教授」だったこと。先生は「他人に走ることを勧めていて、自分が走らないわけにはいかない」と、93年にハワイ・ホノルルマラソンに出走。3時間33分33秒という、ものすごく覚えやすいタイムで完走されました。その後、走るたびに記録を伸ばし、ついに50歳で2時間38分48秒という自己ベストを出されたのです。

 そんな先生の指示の下、私は水中に潜って体重計に乗ったり、マスクを着けてベルトコンベヤーの上を走ったりしました。その結果は、体重73・8キロ、体脂肪率28%の軽度肥満。陸上選手として赤信号でしたが、先生は「小鴨さん、やっぱりあなたはすごい」と褒めてくれます。先生によると、私は酸素摂取能力が高く、体脂肪率を10%まで絞れば、2時間18分台で走れる潜在能力があるとの計算結果が出たのです。

 当時はまだ、あのクリスチャンセンさん(ノルウェー)が85年に出した2時間21分6秒が世界記録でしたので、私が奮い立ったのは言うまでもありません。おまけに先生は「僕も8%の体脂肪率を5%まで落とすよう頑張るから、一緒にやろう」と励ましてくれました。素晴らしい方でした。

 今年4月23日、先生は亡くなりました。享年70。1月に福岡大の公開講座でお会いしたのが最後になりました。3月で退職され名誉教授になられるということで、講座終了後に先生の研究室に関係者が集まりました。先生は「4月から自分の好きなことをするよ」と言われ、夢の一つのスポーツカー購入を早速、実現されたそうです。でも、やりたいことがまだたくさんおありになったはず。ご自身が一番、悔しかったことでしょう。先生と一緒にいろんな土地を走ったこと、忘れません。ご冥福をお祈りします。

=2018/05/16付 西日本新聞朝刊=

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