<47>8年前と同じ選考劇

2000年大阪国際女子マラソンで、弘山晴美さん(右端)に2秒差をつけてゴールするシモンさん
2000年大阪国際女子マラソンで、弘山晴美さん(右端)に2秒差をつけてゴールするシモンさん
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●バルセロナ五輪女子マラソン日本代表 小鴨 由水さん

 私が出場を目指した2000年シドニー五輪。8年前の私たちがそうだったように、女子マラソン代表の選考は激しい争いとなり、議論が沸騰しました。

 まず、1999年夏の世界陸上で銀メダルを獲得した市橋有里さん(住友VISA)が代表に内定します。これは、8年前の山下佐知子さん(京セラ)と全く同じパターンですね。

 残るは実質的に2枠になります。8年前は、ここで松野明美さん(ニコニコドー)がはじき出され、大きな騒動となりました。

 今回はまず、同年11月の東京国際女子マラソンで、山口衛里さん(天満屋)が2時間22分12秒で優勝を果たします。そして、私も出場した2000年1月の大阪国際女子マラソンでは、「トラックの女王」と呼ばれていた弘山晴美さん(資生堂)がマラソンに転向。大会3連覇を果たしたシモンさん(ルーマニア)に、わずか2秒差の2時間22分56秒で2位に入り、有力候補に名乗りを上げます。

 ところが、3月の名古屋国際女子マラソンで、ようやく故障が癒えた高橋尚子さん(積水化学)が、さすが日本記録保持者という圧巻の走りを見せ、2時間22分19秒で優勝します。

 日本代表に選ばれるのは誰か-。空前のハイレベルな代表争いとして国民的な注目を集めましたが、結局、代表に選ばれたのは、市橋さんと高橋さん、山口さんでした。落選した弘山さんは、さぞ、悔しかっただろうと思います。

 私は、選考について論評する立場にありませんが、弘山さんは「強い」という形容がぴったりのランナーでした。ですが、何よりも勝ち負けの結果が優先されるのが、マラソン競技なのですね。私は、落胆する弘山さんの姿に8年前の松野さんがかぶってしまい、何とも言えない思いで見ていました。

 そして、五輪本番では、皆さんご存じのように、高橋さんが陸上では日本女子初の金メダルを獲得し、一躍、国民のアイドルとなります。高橋さんを激しく追い上げたシモンさんは、惜しくも2位でした。もし、大阪でシモンさんと激闘を繰り広げた弘山さんが出場していたら、どんな結果になっていたでしょうか。

 さて、シドニー五輪も終わって福岡に冬が来ました。私は生理が来ないことに気付きます。そうです。競技生活に一段落をつけ、夫婦で次の目標にしていた「子づくり・子育て」がいよいよ始まるのです。

=2018/05/28付 西日本新聞朝刊=

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