<67>血の気が引く電話が

離婚する直前、次男の松永壮司君の入学式にそろって出席した小鴨さん(右)と光司さん
離婚する直前、次男の松永壮司君の入学式にそろって出席した小鴨さん(右)と光司さん
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●バルセロナ五輪女子マラソン日本代表 小鴨 由水さん

 2012年5月。子どもたちに明かせないまま離婚を決めた私たち夫婦は、夫が1人で住む物件の下見に行く途中で、小学校から下校中の長男と次男に出くわしました。こうなれば、仕方ありません。2人を車に乗せ、紹介された単身者用の物件へ向かいました。

 「わーい、きれいなお部屋」。まだ小1の次男壮司(たけし)は大喜びした後、「あれー」と首をかしげます。「僕たちのお部屋がないよ」

 一瞬、絶句しましたが、私は「ここがタイミング」と直感しました。「パパとママは離婚して、別々に住むことにしたの」と告げました。泣きわめくか、暴れだすか。大変なショックを受けるだろうと思ったら、2人は別に普通です。私たちの様子からうすうす察していたのかもしれません。

 小5の長男悦司(えつじ)が答えました。「それはいいよ。ただ、僕たちのパパもママも1人だけ。新しいママやパパができるのは嫌だ」

 「もちろんそんなことはないよ。別々に暮らした方がパパとママは仲良くやれるから」。私たちは自分たちに言い聞かせるように、子どもに語り掛けました。

 離婚した後、元夫の松永光司(こうじ)さんは、前よりも熱心に子どもの面倒を見るようになりました。毎週日曜日は仕事を終えた夕方に子どもたちを迎えに来て、外食し、洋服やゲームを買ってあげます。運動会や音楽発表会の日は、店に並べるパンを徹夜で焼き上げてから学校に直行します。参観日の教室で私と鉢合わせするたび、「来てたの」と、照れ笑いを浮かべました。

 そんなふうに、私たち4人に穏やかな日常が過ぎていた14年2月20日のこと。よく「サーッと血の気が引く」と言いますが、私はそれを初めて体験します。光司さんの上司が電話をかけてきてこう告げたのです。

 「ご主人が福岡県朝倉市でアルバイトの面接中、突然、『痛いっ』と胸を押さえて倒れ、救急車で運ばれました。すぐに病院に行ってください」

 私が慌てて教えられた病院に駆け込むと、既に光司さんは、ドクターヘリで久留米大病院に移送された後でした。病名は、マルファン症候群(厚生労働省指定難病)に伴う大動脈解離。心臓の近くの大きな血管が裂けてしまい、一般の病院では手に負えない重篤な容体だったのです。

 24時間の大手術の末に21日夜、私と小6の悦司、小2の壮司は、ようやく集中治療室(ICU)で、光司さんと対面できました。

=2018/06/21付 西日本新聞朝刊=

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