【ムラで生き抜く 熊本・槻木の挑戦】<下>元気発信 これからも

交流拠点でもある鹿児島県出水市・蕨島地区の無人販売所で談笑する住民たち
交流拠点でもある鹿児島県出水市・蕨島地区の無人販売所で談笑する住民たち
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上治英人さんの長女南凰(みお)さん、次女紫凰(しお)ちゃん姉妹(右2人)と交流する槻木のお年寄りたち。姉妹の元気さに、住民も笑顔が絶えない
上治英人さんの長女南凰(みお)さん、次女紫凰(しお)ちゃん姉妹(右2人)と交流する槻木のお年寄りたち。姉妹の元気さに、住民も笑顔が絶えない
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 「おいでよ! わらび島へ!」。鹿児島県出水市荘(しょう)の蕨島(わらびしま)集落に、児童募集を呼び掛けるのぼり旗がはためく。

 6月、熊本県多良木町槻木(つきぎ)の集落支援員上治英人(うえじひでと)さん(42)は、地域一丸で子どもを集落外から呼び込み、休校の危機にあった小学校の存続を成功させた蕨島を視察した。

 干拓が進み陸続きになったが、かつては不知火海に浮かぶ離島だった蕨島集落。周囲約4キロに槻木と同規模の約150人が暮らす。

 蕨島小は2010年度に、児童が6人まで減少。「学校は地域の核」との思いから、住民と学校関係者約30人が11年に委員会を発足させ、児童増加策に取り組み始めた。移住用に空き家を補修し、校区外からの通学を認める「小規模特認校」と呼ばれる制度の説明会を、市内の他の小学校で相次いで開いた。無人販売所に住民が持ち寄った野菜などの収益は、児童募集ポスターの製作費に充てた。

 「住民が知恵を出し合う中で集落に一体感が生まれ、地域全体で子どもを育てる意識が深まった」。蕨島集落の自治会長小嶋博さん(70)は振り返る。児童数は12年度に11人に回復。14年度は14人と3年連続の2桁となった。熊本市から蕨島に移住した一家もある。蕨島小の豊永藤浩校長(54)は、上治さんに「子どもの声で、教室も地域も息を吹き返した」と熱っぽく語った。

 槻木や蕨島の「集落再生」の取り組みは、九州の他の地域も注目する。

 宮崎県議会の人口減少・地域活性化対策特別委員会(17人)は7月、多良木町役場を訪れ、町職員らと2時間以上にわたり意見交換した。県議たちが最も関心を示した一つが、槻木の再生プロジェクトのうち、学校再開の財政負担だった。

 実際に町は本年度、学校運営費などの事業費として660万円超を計上。これに対して槻木集落外の町民の一部からは「(入学した)1人の子どものために、いくら金をかけるんだ」との批判が寄せられたこともあるという。

 「限界集落を再生させ2家族目、3家族目と移住世帯が増えれば、きっと理解してもらえる」。松本照彦町長(66)は力を込める。

 学校再開と並ぶ再生プロジェクトの柱の小規模福祉施設開設は、来年度着工に向け、町が事業計画策定協議を進めている。「若い世代を呼び込むためには、働き場の確保が欠かせない」。町に再生プロジェクトを提言した徳野貞雄熊本大教授(農村社会学)は、早期の施設開設を求める。

 支援員に就任し、9月で1年となる上治さん。人が少なくなった集落の有害鳥獣対策のために、わな猟の免許を取得したり、槻木でのヤマメ養殖事業展開を模索したりするなど、自らの発案で活発に動き回っている。「まだ試行錯誤の段階。地域づくりはいろんなやり方があり、答えはない」

 ただ、迷いはない。迎え入れてくれた住民一人一人の笑顔が、自身の原動力となっている。「形になり始めた事業をいかに継続させていくかが鍵。槻木はこんなに元気なんだぞ、と住民たちと、これからも発信していきたい」と前を向く。

 1年更新の支援員制度は、今のところいつまで継続されるか決まっていない。「ずっと上治さんにおってもらいたか」。住民側はそう願う。ただ住民たちも頼るだけでなく、再生への歩みを上治さんと一緒に、少しずつ始めている。「槻木で生き抜こう」と。


=2014/08/09付 西日本新聞朝刊=

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