移住世代(2)求められれば、何だって仕事になる 海辺の町で「暮らしの問屋」

住む家を探す人(右)に、空き家の中を案内する古橋さん
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穏やかな玄界灘と白い砂浜が、人々を癒やす津屋崎海岸。なびさんは美しい夕なぎを見て、移住を決めた
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事務所近くで、地元の女性(右)と立ち話をする古橋さん。話題は、4月のお祭りの件という
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子育ても仕事も暮らしの一部。「ワークライフバランスとかいう話じゃない」と古橋さんは笑う
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 移住する人にとって、「仕事探し」は大きな問題だ。カフェ勤めを辞めて東京から福岡県福津市にやってきた男性は、不動産業の起業を目指したが、準備が手に付かない日々。退職金だけが減り続ける「どん底」を経て、男性がたどり着いた思いとは。

タイムリミット半年は「どん底」

 タイムリミットは、月15万円の退職金が支給される「半年」。それまでに、古橋範朗さん(35)は起業しようと計画を立てていた。しかしいざ移住してみると、その半年は「どん底」だった。

 東京で不動産会社からカフェに転職後、「人が自由に集まれるような、コミュニティーづくりを大切にしたカフェをやりたい」と独立を目指した。向かったのは、海辺の町、福岡県福津市津屋崎。京都の高校、大分の大学時代の同級生で、付き合っていたなびさん(35)が暮らしていたからだ。

 移住し、起業の準備を進めるが、うまくいかない。移住前、知人に「そんなに人が少ない所では、カフェだけで生計を立てるのは難しい」と助言されていた。初期費用の貯金も無く、まずは別の事業を始めることを勧められた。空き家活用のニーズがあると知り、自分の宅建の資格を生かせる不動産業に的を絞った。そこまでは良かった。

 しなければならないことはたくさんあったのに、朝、なびさんを仕事に送り出すと、一人でゲームをしたりテレビを見たり。

 「自分主導で動くことが、こんなに難しいと思わなかった。なぜ自分はこれがしたいのか、ここにいるのかとあれこれ考えて…」

 それまで組織の一員として、誰かに与えられた仕事しかしてこなかったことに気付く。準備も手に付かず、家でもんもんと過ごした。教えてくれる人もいないし、正解もない不安。「会社勤めをした方がいいのでは」と何度も思った。

移住の妨げ 半数は「仕事」と回答

 移住を検討する上で、仕事は避けられない課題の一つだ。移住・交流推進機構(東京)が2017年1月、地方への移住に興味がある20代~30代の既婚男女500人に行った意識調査によると、「地方への移住を妨げている大きな要因」について「給料水準」「やりがい」「職種」など仕事に関わる要因を選択した人は48.4%にも上った。世帯収入は「現在と変化なし程度が好ましい」と答えた人が39.2%だった。

 「どん底」のころ、古橋さんは、生き方やお金についても悩んだ。「貯金や収入はどれぐらいあれば安心、といった思い込みを一度、取っ払った。本当にそんなに必要か、と」。

生活費のことはずっと心配だったものの、「一度考えると最低ラインが分かって、楽になりました」。

 タイムリミットの半年が過ぎた2013年8月、「暮らしの問屋」を開業した。住んでいた人が亡くなったり、引っ越したりして、誰も住まなくなった家を抱える家主と、空き家を使いたい人をつなぐ。依頼者の悩みや不安に耳を傾けるうちに、「心にエンジンがかかった」。

 家主の「改修資金がない」「荷物が整理できない」「新しく住む人がどんな人か不安」といった問題をどうすれば解決できるのか、一つ一つ試行錯誤を続けた。移住者からの相談も受け、家主との間に入り、改修や家財の処分も柔軟に行った。

 移住者が人付き合いに不安があれば、町を案内したり、地元の人と引き合わせたりして、住宅だけでなく暮らしまでサポートした。感謝されるうちに、やっと、仕事も自分も肯定された気がした。「この仕事をやっていていいんだ」と思えた。

今は、仕事が暮らしの中にある

 東京で不動産会社の社員だったころは、ばりばり働く「企業戦士」に憧れていた。朝は午前7時から、遅いときは日付をまたいで働いた。ストレスのため頻繁に飲みに出掛け、お金はほとんどたまらない。自分の仕事は誰の役に立つのか、それは自分のやりたいことなのか。「何のために働くのか、仕事って何だろう」と自問する日々が続いた。

 そんなころ、引っ越し先のマンションの1階にオープンするカフェの立ち上げを手伝うことになった。はじめは休日だけのボランティアが、開店を機に転職。給料は10万円近く下がったが、やりがいは大きく、暮らしは以前より充実した。

 「こんなカフェがある町に暮らしたい」という客の声を聞き、カフェのように人が自由に集まれる場所で、町や人を紹介するような不動産をやってみたいと思うようになった。

 今の仕事は、地域の課題を解決すること。「求められれば、何だって仕事になる。お金になるかどうかは分からなくても、それが自分のやりたいことなら、とりあえずやってみる」。なびさんも「仕事は子どもと同じ、授かり物なんだと思います」と語る。

 津屋崎で寛太郎ちゃん(3)とまちちゃん(0)を授かった。古橋さんは「以前は仕事と暮らしがくっきり分かれていた。今は、暮らしの一部分に仕事があるような感じです」とほほ笑む。あれこれ考えて過ごした「どん底」も、自分のやりたいことを現実にする上で、通るべき試練だったと今は思える。

 「夕方早めに家に帰って、手作りのみそや庭の畑で採れた野菜を、家族4人で囲んでいるとき、津屋崎に来てよかったなと思います」。何げない日常こそ、求めていたもの。歩いて1分で海に着く。今年もワカメやヒジキを採りに出掛けるのを、楽しみにしている。
(文と写真=西日本新聞・平峰麻由)

連載「移住世代」

 30-40代の間で「移住」への関心が高まっています。仕事や子育ての最前線にいるこの世代が、人生の風景を変える理由は――。西日本新聞生活特報部とYahoo!ニュースの共同企画による連載「移住世代」。3月26日から30日まで、計5本公開します。

移住世代(2)移住の「トリガー(きっかけ)」、古橋さんの場合は…


2018/03/27 西日本新聞

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