移住世代(3)集落活性化の「請負人」町長選で思わぬあおり 熊本移住、志半ばで

槻木小学校の授業参観で発表する上治さんの娘2人を見守るおばあちゃんたち=熊本県多良木町
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福岡県春日市の公園では、ボール遊びなども自由にできない
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上治さんが始めた福岡市での出張販売は住民が引き継いだが、人手不足により、この3月で最後となった
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槻木で生まれた三女と草抜きをする上治さん=福岡県春日市
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 少子高齢化に悩む地方自治体は、現役世代の移住者を取り込もうと​熱いまなざしを向ける。限界集落の活性化を目指す熊本県多良木町に請われて​移住した男性の一家は、「ムラの希望」となった。ところが、町長選で首長が交​代すると一転…。

おじいちゃんのサバイバル能力

 その家のガスこんろが壊れたのは、4日も前のことだという。「そりゃ大変だったでしょう」と驚く集落支援員の上治英人さん(45)をよそに、おじいちゃんは「しちりんがあって不自由せんかった」と笑い飛ばした。

 熊本県多良木町、九州山地の尾根に手が届きそうな槻木(つきぎ)地区は、人口約120人、高齢化率8割の「限界集落」。その維持や活性化に取り組む支援員として、上治さんは福岡県春日市から一家4人で移住した。

 実際に暮らしてみると、住民たちは沢から生活水を引き、畑で米や野菜を育てている。たとえ地震でガスや水道が止まっても、庭先で火をおこし、沢の水を飲めばいい。都会みたいにすぐ困ることはないだろう。

 「限界集落と呼ばれるけど、ここには自分たちで食べていける仕組みがあって『限界』なんかじゃない」。生きる力に圧倒された。

 お年寄りを診療所や商店に送迎し、困り事があれば駆け付ける。夏には家族で集落内を巡ってラジオ体操をした。月に一度は車で片道4時間かけて、福岡市の商店街へ住民の野菜や加工品を出張販売しに行った。思い付くことは何でもやった。

 7年前に休校していた槻木小学校は、長女と次女の入学によって再開した。児童2人だけの授業参観は住民たちの楽しみとなった。生まれた三女は集落で20年ぶりの赤ちゃん。妻の美由貴さん(45)は「病気や葬式の話題ばかりだったお年寄りが、子どもたちのことを話すようになって。そんな積み重ねが槻木を明るくしていくんだと実感しました」。

請われて移住したはずなのに

 町が非常勤職員として支援員を公募したのは2013年。子育て世帯を呼び込んで小学校を再開させ、介護福祉施設を設けて雇用創出を目指す一大プロジェクトだった。

 上治さんは「最後まで地元で暮らしたい人たちを支えられる」と応募した。当時働いていた介護施設で、そう願ってもかなわない高齢者や、入所をきっかけに認知症が進むケースを見ていたからだ。月給37万5000円、家と車の無償貸与という厚遇も魅力的だった。介護職の多くは非正規雇用で収入は少ない。だからこそ身軽に転職できたともいえる。

 移住した一家が限界集落に希望の灯をともす―。プロジェクトは地域再生のお手本として、県外からも注目を集めた。

 ところが17年2月の町長選で一変。プロジェクトの旗振り役が落選し、新たな町長は「槻木だけを特別扱いしている」と、支援員の給料を削減して、地元出身者に交代させると決めた。高齢化は町全体で進んでおり、一部の集落だけに予算をかけられないとの判断だった。

 それでも上治さんにとっては自分が批判されたも同じ。「まるで悪いことをして処分されるみたいじゃないですか。住民票も移して一生懸命やってきたのに」。一連の経緯は新聞記事となり、それを読んだ娘たちのショックも大きいようだった。

 支援員を辞めた後も、槻木に残ることも考えてみた。だが食べていけるほどの仕事はつくれなかった。落胆と失望と。上治さん一家は4年足らずで移住生活に見切りを付け、福岡に戻った。小学校は再び休校。集落から子どもの声は消えた。

過熱する自治体の移住者誘致合戦

 政策提言機関「日本創成会議」の14年の試算では、多良木町をはじめ全国の半数に当たる896自治体が、将来的に消滅する可能性があるという。

 人口流出や少子高齢化に歯止めがかからない中で、国は17年度だけでも移住支援などの事業に651億円を計上している。首都圏内には、42道府県が65の相談窓口を設置。移住を検討する人にキャンピングカーを貸し出したり(長崎県)、無料で長期滞在できる体験住宅を用意したり(同県五島市)。

 移り住んだ1人世帯に月8万5000円の助成金を支給(鹿児島県三島村)、子育て世帯が家を買うと300万円交付(福岡県嘉麻市)、新幹線での通勤代として月3万円補助(熊本県玉名市)など、誘致合戦は過熱している。

 だが上治さんは、もう移住するつもりはない。「仕事のやりがいを求めて槻木に行ったけど、娘たちには迷惑をかけた。高校を卒業するころまではここで暮らそうかな」と介護職に復帰した。公民館の管理人にもなって生活の足しにしている。

 この春、長女はある決断をした。鹿児島県・奄美大島から定期船でさらに1時間40分の与路島(よろじま)に、1人で「留学」する。小中学生を合わせても5人しかいない小さな離島だ。

 現在通っている900人規模の小学校は「何か、いつもせかされてる感じがする。『計算が遅い子はダメ』とかっておかしい。待ってあげればできるかもしれんのに」。そんな思いが彼女の背中を押したようだ。

 槻木での日々が娘に何かを与えたのか、それは分からない。でも、成長とともに芽生えたその意思を、上治さんは大切にしたいと思っている。
(文と写真=西日本新聞・山田育代)

連載「移住世代」

 30-40代の間で「移住」への関心が高まっています。仕事や子育ての最前線にいるこの世代が、人生の風景を変える理由は――。西日本新聞生活特報部とYahoo!ニュースの共同企画による連載「移住世代」。3月26日から30日まで、計5本公開します。

移住世代(3)移住の「トリガー(きっかけ)」、上治さんの場合は…

2018/03/28 西日本新聞

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