移住世代(4)移住の「トリガー(きっかけ)」、椛島さんの場合は…

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◆雪山で「生きる」ことに必死に 
 幼い頃から友達と遊ぶことが何より苦手で、勉強ばかりしていました。柔道で鍛えた筋肉がなかったら、いじめられていたかも。関東の大学に入っても、どこかなじめず、人間関係に疲れていた気がします。

 学校以外に居場所を作りたくて、社会人向けの登山サークルに入りました。雪山に登ったとき、圧倒的な自然を前に「一生命体として生きるのに必死になっている自分」を感じたんですね。自分の悩みとは次元が違うというか。この経験が自然相手の仕事・農業を選ぶきっかけになっています。

 でも、すぐには決断できませんでした。同級生が会社でバリバリ働いているのを見ていたら、自分もどこまで通用するのか試してみたくなって、24歳で広告業界に。飛び込み営業をしましたが、結局ここも居場所ではないなと。

 でもおかげで未練もなくなって、28歳になって腰を据えて農業に取り組もうと栃木の農場で住み込みで働きました。「百の仕事で〝百姓〟だ」「理想郷は探すんじゃない、自分で作るんだ」。親方からは、仕事を暮らしの一部として楽しむことも教わりました。

 福岡県太宰府市の実家から車で2時間以内という「まあまあ近い」距離で土地を探していて、今の熊本の土地を紹介されました。いきなり「ここに住まわせてください、畑をやります」といっても信頼してもらえないので、しばらく近くの農家さんの所でお手伝いをして「品定め」してもらい、晴れて移住となりました。

 これから移住をする人にアドバイスというほどのものではないですが、地域に溶け込むためには、真面目に働く姿を見せることが何より近道だと思います。頑張っていれば、困ったときに誰かが手を差し伸べてくれます。

移住世代(4)地域に溶け込み“ここが居場所”に 南阿蘇で土と生きる 椛島剛士さん(41)

2018/03/29 西日本新聞

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