移住世代(4)地域に溶け込み“ここが居場所”に 南阿蘇で土と生きる 椛島剛士さん(41)

精魂込めて育てた阿蘇高菜
精魂込めて育てた阿蘇高菜
写真を見る
ニワトリを飼い、卵も出荷している
ニワトリを飼い、卵も出荷している
写真を見る
椛島さん手作りのブランコは子どもたちに大人気
椛島さん手作りのブランコは子どもたちに大人気
写真を見る
甘いと評判のニンジンを手にする椛島さん
甘いと評判のニンジンを手にする椛島さん
写真を見る
写真を見る

 どこに住んでも近隣との人間関係は悩みの種になり得る。知り合いがいない土地に移住するとなればなおさらだ。東京から熊本県南阿蘇村にやって来た男性は、アパートの隣人の顔もよく知らない暮らしから一転、濃密なご近所付き合いの中へ。実はこの男性、人付き合いが苦手で…。

熊本地震で感じた絆

 畑で摘んだ阿蘇高菜を差し出した手に、爪の間まで土の色が染み付いている。この地に来て11年。毎日、土と共に生きてきた。

 熊本県南阿蘇村。阿蘇五岳の南側にそびえる標高913メートルの夜峰山のふもとに椛島剛士(たかお)さん(41)が家族と暮らす家と畑がある。「野菜を作り、お客さんに食べてもらって、売り上げを地元で使って地域経済に貢献できてる。充実感ですねぇ」

 2・5ヘクタールの田畑で米とネギやニンジン、芋など「少量・多品種」の野菜を化学肥料や農薬を使わず育て、全国70軒ほどの顧客に宅配便で定期的に届けている。

 2016年の熊本地震では南阿蘇村も震度6強の揺れに見舞われた。椛島さんは寝間着に消防団の法被を羽織り、すぐさま1人暮らしのお年寄りの家に駆け付けた。物資が不足した避難所では、みんなで持ち寄った野菜や水を分け合った。「そりゃあ、不安だったけど、心細さはあまり感じませんでしたね」。自分たちも地域の一員なんだと実感した出来事でもあった。

「ネクタイ姿の自分」にバイバイ

 福岡県太宰府市出身で、高校まではとにかく「いい子」。人の気持ちを考えすぎ、子どもながらに疲れていた。

 慶応大に進んだ後も「自分の居場所じゃない感じ」が付きまとい、就職活動はしないまま卒業、東京でアルバイト暮らしを続けた。土木作業やペンキ塗りの現場で働く間、学生時代に通った冬山での体験が頭を離れなかった。「ただ生きて帰るために必死。やっぱり僕はそんなヒリヒリした気持ちを、日常の仕事でも味わいたいんだなと」

 広告の営業職を1年だけ勤めて「ネクタイ姿の自分」に見切りをつけ、28歳、農家で住み込み修行を始めた。「やって終わらない仕事はない」が口癖の親方の元には、農業研修の若者から通りすがりの旅人、引きこもり経験者など、いろんな人が集まり、いつも十数人でにぎやかに食卓を囲んだ。時には仲間同士で一人前の農家になろうと夢を語り合った。2年後「知人の知人」の紹介で南阿蘇に移り住んだ。

どの距離感まで葬式に行けば…

 移住にあたっての生活面の気がかりは「地域の人間関係」―。労働政策研究・研修機構の調査(16年)では、大都市出身の地方移住者(909人、25~44歳)のうち27・7%が、そう答えている。これは「交通の利便性」(40・2%)に次いで多く、移住後、実際に苦労したことでも「近所づきあいがわずらわしかった」ことを挙げる回答が1割近くある。

 「人に気を使うくせに、場の空気を読むのは苦手」。椛島さんも、地域の濃密な人間関係には戸惑った。

 「どの距離感の家までお葬式に行けばいいのか」から悩み、畑に草が生えていたらだらしないと思われるかもと、細かな心配事が尽きなかった。南阿蘇村役場の移住支援の担当者は「田舎への憧れだけ、という人もいるんです。だから、地域の決まりは事前にしっかり説明しています」と話す。

 草取りはみんなでするし、地区のお世話役も回ってくる。消防団は火事が起これば昼夜問わず出動し、台風や大雨の後は片付けや巡回。行方不明になったお年寄りの捜索に加わることもある。寄り合い、行事は頻繁で、そこには地域の人間関係がそのまま持ち込まれる。「集まりの度に5~6人の顔と名前は覚えようと、とにかく必死でした」。椛島さんが振り返る。

次の10年を見据えて

 肩の力が抜けてきたのはいつのことだったろう。

 越してきてしばらく、近所のおばあちゃんは、週に3日も玄関先に夕食を置いてくれた。仕事ぶりを間近で見てきた先輩農家はトラクターや草刈り機を安く譲ってくれた。おばあちゃんのサラダ巻きは酢飯がすこぶる甘くて、天ぷらの衣は、厚い。「これが肉体労働の体に染みるんです」。ご近所さんの温かさが、次第に心をほぐしていった。

 6年前に結婚した妻のりこさん(37)の影響も大きい。同じ熊本県内の玉名市出身。南阿蘇で一緒に暮らし始めたころ、高菜漬けの漬け方を教えてくれたおばあちゃんが「ちゃんと漬かっとるか~」と家まで上がってきたのには「ちょっぴり驚いた」というが、近所の人たちが長男(5)、長女(2)の成長をわが事のように喜んでくれるここでの暮らしが気に入っている。

 「妻は人からどう思われているかとか、あんまり気にしないおおらかな性格なんです。結局僕は人間関係で100点を目指して自分で自分の首を絞めてたのかなって」

 今はこれまで「1年間が5年間に感じるほど」のめり込んできた農業という仕事の「働き方改革」を始めている。作業ごとにかかった時間を逐一記録し、売り上げから自分の時給を算出する。作付面積は以前より減らし、空いた時間で、改めて土作りや微生物について勉強している。「おいしい野菜を安定して供給できる。そんな力を付けていきたいんです」

 次の10年を見据える余裕ができてきた。
(文と写真=西日本新聞・斉藤幸奈)

連載「移住世代」

 30-40代の間で「移住」への関心が高まっています。仕事や子育ての最前線にいるこの世代が、人生の風景を変える理由は――。西日本新聞生活特報部とYahoo!ニュースの共同企画による連載「移住世代」。3月26日から30日まで、計5本公開します。

移住世代(4)移住の「トリガー(きっかけ)」、椛島さんの場合は…

2018/03/29 西日本新聞

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]