もの作りに時間と手間を掛ける意味 津屋崎から 未来への手紙(3)

豊かな緑の向こうに「みんなの木工房テノ森」はある
豊かな緑の向こうに「みんなの木工房テノ森」はある
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娘のために学習机を作る山口覚さん
娘のために学習机を作る山口覚さん
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平のみで接合部を仕上げた机の一部。丁寧な作業が求められた
平のみで接合部を仕上げた机の一部。丁寧な作業が求められた
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山口 覚(やまぐち・さとる)<br />
山口 覚(やまぐち・さとる)
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 津屋崎(福岡県福津市)は複雑な海岸線を有し、起伏に富むため、訪れる場所によって印象が異なる。「みんなの木工房テノ森」も、そんな場所の一つだ。

 古い家々が軒を連ねる津屋崎千軒から、人家の無い入り江に沿って車で数分走ると、テノ森がある集落が見えてくる。一角に自然の森が残されており、海の近くで森が醸す空気が味わえる。

 テノ森を主宰するのは北海道函館市出身の芸術家、細井護さん(45)。米アラスカでの芸術活動、ネパールの貧困と向き合う経験などを経て、2012年に奥様のさおりさんの実家に近い津屋崎に工房を構えた。少し前まで使われなくなったチョコレート工場だったが、県内外から人が集まり、心地よい時を過ごす場所に生まれ変わった。

 工房では細井さんの指導の下、木工のワークショップが年中体験できる。スプーンやヘラといった1日で完成する物から、机や椅子など数日通って製作する家具まで。細井さんは自身の作家活動だけでなく、地域に開いた工房を目指している。

 哲学者である彼は言う。

 「今の時代、ちゃんと手間暇をかけたものが売れず、いい腕を持った作家さんは困っています。多くの人は目に見えるブランドや材料、形にお金を払うけれど、その裏側で一生懸命働いている人や、目に見えないものにお金を払おうとは考えない。でも、自分で作ると分かるんです。良いものを丁寧に作ることの価値と、それにお金を払う意味が。これが理解できる人の裾野を広げていきたいのです」

 そんな彼の考えに共鳴する人は少なくない。津屋崎で活動を始めて5年余り。自宅の家具の一つ一つを手作りでそろえる人や、県外から泊まりがけで家具を作る家族が、テノ森を訪れるようになった。

    ‡   ‡

 僕も2年前、娘の小学校入学を機に、机を作ることを決めた。忙しい時間をやりくりし、およそ5カ月、40時間をかけて入学式までになんとか完成させることができた。

 当初、娘はキャラクター付きの机をおねだりしようと考えていて、何の飾りもない、むくな机の見本を見て言葉を失った。

 それでも作業を始めた。幅25センチほどの板を張り合わせて天板を作り、機械と平ノミで脚の部材を0・1ミリ単位で切り出す。接合部がピタッと合ったときは胸がすく思いだった。娘は僕が作業に没頭している姿を時々見に来ていた。表面のオイルは妻と娘と一緒に塗った。全ての過程が新鮮だった。

 「大人になると、新しいチャレンジのチャンスはそれほどない。この場所に来ると、みんな子ども心を思い出すんです」。細井さんが指導の合間に掛けてくれる言葉も、作業を楽しいものにしてくれた。中でも、作業を始める前に言われたことが忘れられない。

 「山口さん、あなたは娘に机をプレゼントするんじゃないですよ、時間をプレゼントするんです。忙しいあなたが仕事の手を止めて、娘のために限りある命を使っている。そこに意味があるんです」

 ハッとさせられた。娘はまだ、僕が作る机の価値を理解できないかもしれない。しかし、母になった時、あるいは僕がこの世を去った時、きっと作業をしていた日のことを思い出す。

 僕が多感な時期を過ごした1980年代は新登場や新発売、使い捨ての商品と言葉であふれていた。「古いものはださい」という価値観が日本全体にはびこっていた。

 そうではなく、古い新しいは関係なく、思いを込めて丁寧に作られたものに価値を認める社会でありたい。

 もの作りに携わった人の思いや手間、完成した後に紡がれる人の縁やドラマに思いをはせる。そうすれば、まちの見え方も、時間の使い方も、時間に対するお金の払い方も、随分と変わっていくだろう。

(津屋崎ブランチ代表 山口覚氏)

=2018/06/02付 西日本新聞朝刊=

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