産まない産めない―優生保護法と戦後(下)内なる優生思想は今も

障害者の権利運動を続けてきた中山善人さん(左)。妻のひとみさん(右)とは青い芝の会で出会った
障害者の権利運動を続けてきた中山善人さん(左)。妻のひとみさん(右)とは青い芝の会で出会った
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 〈新出生前診断について、日本産科婦人科学会は臨床研究を終了し、一般診療とすることを決めた〉。3月、こんなニュースが新聞やテレビで巡った。

 「どんどん僕らが生きにくい世の中になっている」。福岡県内の脳性まひ障害者でつくる「福岡青い芝の会」会長の中山善人(65)は感じた。1976年に会を結成。障害者の「脱施設」や共生社会の実現を訴え、約300人の全国組織の会長を務めたこともある。

 同診断は、妊婦の血液から胎児のダウン症など三つの染色体異常を調べる。2013年4月、学会が認定する15病院で始まり、現在は92病院に拡大。4年半で約5万1千人が受け、陽性判定が出て羊水検査で異常が確定した700人のうち654人が中絶した。

 一般診療になれば、受けられる医療機関はさらに増える。約20万円を払えば、35歳以上はだれでも受けられる可能性が出てくる。

 中山は懸念する。「新出生前診断の登場は、『障害があったら大変』という不安をばらまいた。障害児を産まないために何でもする社会になりかねない」

 もちろん優生保護法があった1996年以前の方が露骨な差別はあった。

 精神障害者を座敷牢(ろう)につなぐ「私宅監置」は50年に禁止されたが、病院への隔離収容が進んだ。全国の自治体で「不幸な子どもの生まれない運動」が展開され、兵庫県は羊水検査を公費で負担。障害者の家族の縁談がなかなかまとまらなかったのは、国が「優生結婚」を奨励したからだ。71年の高校保健体育教科書では、結婚の際は相手の4親等の範囲まで病気などの調査を行うよう勧めていた。

 96年の母体保護法への改正で優生政策はなくなったが、人々の差別意識はどうか。卵子提供、着床前診断、新出生前診断…。医療技術の発達で「健康な子」を産むためのさまざまな選択肢が用意されている。一方、財政難や労働力不足を背景に、障害者や高齢者に自立や労働、生産性を求める風潮は強まっている。

 そして2年前。「障害者は不幸。抹殺することが救う方法」と主張する男が相模原市の障害者施設を襲い、入所者19人を殺害した。

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 同じ脳性まひのある福岡県内の女性(61)の思いは、中山とは少し違う。

 「障害があるとはっきり分かっているなら、産まない選択肢があっていい」

 女性は全介助で、公営住宅で暮らす。36歳のとき、障害者グループで出会った脳性まひの夫(62)と互いの両親の反対を押し切って結婚。毎月の生理の処理が大変になり、筋腫が見つかったこともあって産婦人科で子宮と卵管を摘出した。

 子どもがいればと思うことは何度もあったが「2人じゃとても育てられない」と自分を納得させた。当時、市のヘルパー派遣サービスはなく、ボランティア頼みだった。今も派遣時間が足りなかったり、車椅子に乗ってバス停で待っていてもバスに素通りされたりする。外出先で奇異な目で見られるのも相変わらずだ。

 「この世が生きづらいことは、私が一番知っている。私のように意見を言えればいいが、もし言えない障害だったら…。私が母親なら、こんな社会に放り出すなんてできない」

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 新出生前診断については、「命の選別だ」との声が上がる一方、日本世論調査会が6月に実施した面接調査で「81%が容認」との結果が出ている。

 生命倫理に詳しい立命館大教授、松原洋子によると、胎児の障害を理由にした「選択的中絶」は、欧米では、実際に心身に負担がかかる女性の自己決定権と位置付けられ、広く浸透している。米英のように出生前診断に公費を出す国も少なくない。現に、国連の女性差別撤廃委員会は2016年、選択的中絶の合法化を日本政府に勧告した。実際には、優生保護法の時代から、中絶要件の「経済的理由」を拡大解釈して選択的中絶は行われてきたが、権利として明確にうたうべきだ、ということだろう。

 松原は「出生前診断はもはや止められない」と世界の潮流を認める。ただ、日本では、女性の自己決定を支えるルールも情報も不十分だ。「国の『介入せず』の姿勢が、結果として優生学的効果を誘導している。国は、自己決定の名の下で、障害者を排除することを女性に押し付けてはいないか。障害者の人権を守りながら、医療技術をどう使っていくのか、トータルな制度設計をすべきだ」と提起する。

 優生政策は消えたが、優生思想は内にこもり存在し続けている。野放し状態の「自己決定権」にどう向き合うか。より自覚が必要な時代を、私たちは生きている。 =文中敬称略

=2018/09/18付 西日本新聞朝刊=

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