【こんにちは!あかちゃん 第11部】脱「お産難民」 産科医療は今<6完>事故に萎縮しない環境を

 《2004年に帝王切開中の妊婦が死亡し、執刀医が逮捕された福島県立大野病院事件。後に無罪が確定したものの、産科医たちに衝撃を与えた。医療訴訟が多い産科の実情が、医師不足に拍車をかけていないか‐。09年、お産の事故で赤ちゃんが重い脳性まひになった際に補償金が支払われる「産科医療補償制度」が導入された》

 今年7月、東京都品川区の奥井健さん(30)、のぞみさん(29)宅に分厚い封筒が届いた。中身は「原因分析報告書」。そこには、重度脳性まひの長男、伊吹ちゃん(3)の出生時の状況が克明につづられていた。

 3年前、のぞみさんは宮崎で里帰り出産した。分娩(ぶんべん)時に突然、伊吹ちゃんの心拍が低下したため緊急帝王切開となり、仮死状態で生まれる。自発呼吸がなく、人工呼吸器が欠かせなくなる。今は在宅で、家族が24時間態勢でケアしている。

 「妊娠は順調だって言われていたのに、なぜ? 私の産み方が悪かったの?」。のぞみさんが自分を責め、苦しんでいた時、病院から産科医療補償制度の対象になることを教えられた。「少しは原因が分かって、経済的な不安もなくなるかもしれない」。望みを託して申請した。

 《この制度では、一定の条件を満たせば、医師側の過失の有無にかかわらず、看護・介護費用として一時金600万円と、子どもが20歳になるまで分割で2400万円の計3千万円が支払われる。第三者の専門家が事故原因を分析し、再発防止策を公表している。

 費用は健康保険から。医療機関は、お産1件当たり3万円の掛け金を支払う。妊婦に保険から支給される出産育児一時金に同額が上乗せされているため、妊婦の実質的負担はない。

 現在は原則として妊娠33週以上、体重2千グラム以上で生まれ、身体障害1~2級相当の脳性まひがある子が対象だ。ところが、想定よりも申請件数が少なく、年間120億~140億円が余る見通しとなったため、15年から対象が拡大される方向となった》

 制度の導入により、お産をめぐる訴訟や医療の現場は変わったのだろうか。

 最高裁によると、産婦人科をめぐる訴訟数は06年に161件だったが、12年には59件と3分の1近くに減少。制度を運営する日本医療機能評価機構によると、今年10月までに補償対象に認められた633件のうち、損害賠償を請求する訴訟を起こしたのは6・3%の40件だった。

 再発防止の対策も進む。補償対象の分析から、陣痛促進剤が使われた事例の8割近くで、診療ガイドラインや説明書に定められた薬の量や使い方の基準が守られていないことなどが分かり、日本産科婦人科学会も適切な使用の徹底を呼び掛けている。

 原因分析委員会部会で委員を務める九州大学総合周産期母子医療センターの福嶋恒太郎医師(47)は「導入されて5年、一定の効果が得られている」と評価する。一方で、診療ガイドラインの理解や順守が不十分と思われる事例も少なからずあり「この制度の意図を、医師側にもっときちんと伝えていく必要がある」と指摘する。

 伊吹ちゃんは制度の対象に認定され、補償は受けているが、脳性まひの原因となった低酸素状態に陥った理由は特定できなかった。それでも、裁判以外に知る手段がなかった事故の経緯や処置を知ることができた。健さんは「事故の分析を進めて医療の改善につなげてほしい」と願っている。

 =おわり


=2013/11/22付 西日本新聞朝刊=

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