認知症への理解が後押し 認知症徘徊事故訴訟の遺族 高井隆一さん(66)

最高裁判決や介護生活を振り返る高井隆一さん
最高裁判決や介護生活を振り返る高井隆一さん
写真を見る

 ●「楽な介護はない、支える社会の体制を」

 91歳だった認知症の父親がJR東海の電車にはねられ、JR側から損害賠償を請求された長男の高井隆一さん(66)=愛知県大府市。「家族に賠償責任はない」とした最高裁判決(3月)を「認知症の介護者に温かい判決を出しやすい素地ができた」と受け止め、判決を役立ててほしいと自らの体験を語り、介護家族にエールを送る。

 「認知症の家族を介護している人たちに顔向けできない」。2013年8月、一審の名古屋地裁が「家族が適切な介護をしなかった」として約720万円の賠償を命じたとき、高井さんはそんな思いに駆られた。

 父親は最寄りのJR大府駅から電車に乗った。金銭は持っておらず、改札をすり抜けた可能性がある。隣駅で降り、ホーム先端の無施錠の扉から線路に出た。さらに、訴訟でのJR側の主張は、認知症の人やその家族に冷たいものだった。
「JRは認知症の人が行方不明になるのを防ぐ関門となるべき公共交通機関でありながら、認知症への理解がなくていいのか」。そんな疑問も大きかったと言う。

 最高裁判決は、家族の介護状況や父親の病状などを吟味し「監督することが可能な状況にあったとはいえない」として家族の責任を認めなかった。JR側の主張を全面的に認めた一審と逆転する判断。認知症やその介護に対する社会の理解の深まりが、判決を後押ししたといえる。

 07年12月の事故当時、高井さんの父親は要介護4で、85歳だった同居の母親(94)も要介護1。高井さんの妻(64)が横浜から実家近くに転居して介護し、東京の銀行勤務だった高井さんも週末は帰省した。デイサービスに週6日通うなど、介護保険サービスもフル活用していたが、付き添っていた母親がまどろんだ隙に父親は家を出た。

 最高裁は「徘徊(はいかい)行動防止体制は一般通常人を基準とすれば相当なもの」であり「監督義務を怠っていなかった」とする一方で、「監督が容易な場合は賠償責任を負うことがある」としている。介護家族に理解を示したとはいえ、どれだけ介護していればいいのかは曖昧なままだ。

 「慌てて施設に入れた」「成年後見人のなり手が減った」「介護施設が施錠するようになった」…。判決後はそんな動きも目立つ。

 高井さんは「楽な介護なんてない。誰だって最大限の努力で介護しているはず。日々の介護を記録するなどして介護の大変さを理解してもらえれば、責任を免れる余地は広がった」と強調する。

 一方、認知症が疑われる人が車を運転して起こす事故も相次ぐ。人的被害があった場合、被害者への賠償と介護家族への配慮のバランスをどう考えるか。

 高井さん自身も「家族の責任が問われるケースもあり得るだろう。永遠の課題」と悩む。判決を機に、認知症の人が事故を起こすリスクに備えた保険制度の拡充が検討されていることに期待を寄せる。

 「住み慣れた地域で暮らせる間は在宅で過ごすのがいい。私もできる限り、父に自宅で穏やかな最期を迎えさせたかった。それを支える体制を整えてほしい」と訴える。

 2025年には65歳以上の5人に1人が認知症との推計もある。画期的な判決はゴールではなく、認知症の人と共に生きる社会の在り方を考え続けるためのきっかけでしかない。高井さんに会って、その思いを強くした。

    ×      ×

 【ワードBOX】認知症徘徊事故訴訟

 2007年12月、徘徊(はいかい)症状のある認知症の男性=当時(91)=がJR東海の線路で電車にはねられて死亡。同社は男性の妻と長男ら遺族に、列車の遅延に伴う損害賠償約720万円を求めて提訴。一審は妻と長男の賠償責任を全面的に認め、二審は妻にだけ責任があるとして賠償額を約360万円に減額。今年3月の最高裁判決は一転して、家族の賠償責任はないとした。


=2016/11/10付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]