介護の苦痛、ITで変えた男性 物理学者から転身 生活リズムを即データ化 おむつ着ける人25%減の結果も

「ただ電子化するだけではない」新しい介護記録システムを開発した吉岡由宇さん。名札の横にある2次元コードに端末をかざすと、その人専用のページに入り、記録できる。その情報はすべてパソコンに蓄積、表示もできる
「ただ電子化するだけではない」新しい介護記録システムを開発した吉岡由宇さん。名札の横にある2次元コードに端末をかざすと、その人専用のページに入り、記録できる。その情報はすべてパソコンに蓄積、表示もできる
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 「苦痛」をわくわくに-。結婚を機に3年前、特別養護老人ホームの仕事に転身した物理学者が、情報技術(IT)の力で介護を変えようとしている。福岡県福智町の社会福祉法人「福智会」特別顧問、吉岡由宇さん(34)。食事や入浴など利用者のケアの記録を、職員が携帯端末を使って簡単に入力できるシステムを開発した。省力化だけでなく、実際に介護の「質」のレベルアップにつなげ、全国の福祉関係者の間でも注目を集める新しい“科学的介護”の可能性とは。

 兵庫県出身、大阪大で理論物理学を学んだ吉岡さん。博士号も取得し、研究者として「数式や論文と向き合う」毎日だったが、学部で知り合った妻と結婚することになり2015年、妻の実家が経営する特養「福智園」で勤務を始めた。

 きつい、つまらないなど「正直、介護に良いイメージを持っていなかった」吉岡さん。利用者との関係では誰とも競う必要がなく「優しさが無駄にならない仕事」とベテラン職員に言われ、目が覚めたような気がした。介護の仕事を「誰もがあこがれ、胸を張れる職業にできたら」と考えた。

 目を付けたのが、職員が必ず残さなければならない利用者一人一人の体調の変化や一連のケアの内容などの「介護記録」。入所者100人に対し職員は18歳~70代の約60人。みな昼休みを削り、サービス残業もして紙に手書きしていた。ただ機械的に記録するだけでは負担となり苦痛でしかない。記録した情報も未活用。単純に電子化、省力化するだけでなく、目指したのは「リアルタイムに手軽に入力でき、そのデータを利用者へのケアや健康改善に生かせる」新しいシステムだ。研究者としての知見を生かし、骨格の部分は約3カ月で完成させた。

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 職員にはみな、スマートフォンと同じ大きさの携帯端末(iPodタッチ)を持ってもらう。時間がかかりストレスにもなる手数を極力減らすため、利用者の名札などに、内蔵のカメラを向ければ即、その人専用のページなどにつながる2次元コードをつけた。

 画面には食事、排せつ、水分、入浴など必要最小限に絞ったボタンがあり、ワンタッチで入力。例えば食事を押せば献立が現れ、食べた量をメニュー別に記録できる。水分の摂取量や体温なども同様だ。時間は約10秒。ケアの直後に必ず記録することで、利用者のリアルタイムの情報が蓄積される。職員同士、端末でその時刻を共有でき、トイレや入浴に連れて行く順番など「次のケア」もスムーズになる、という仕組みだ。

 すべての記録はパソコンで一括管理。利用者それぞれの水分や食事量、排せつのタイミングを一目で直観的に把握できるよう、チャート図で一覧できる。「この人はこれぐらい水分摂取や食事をした○時間後にトイレが多い」と分かり、おむつを外せるようになるなど、中長期的な介護にも生かせるようになった。

 結果、おむつを着ける人は25%減。不足しがちな水分摂取量も増やし脱水症状による発熱も減った。「職員の感覚が大きかった」(吉岡さん)従来の介護がデータに裏打ちされ、仕事の効率もケア一つ一つの「価値」も改善された格好だ。

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 取り組みが評価され、吉岡さんは全国社会福祉法人経営者協議会が社会福祉の第一線で活躍する若手を表彰しようと創設した「第1回社会福祉ヒーローズ」賞の6人に選出された。普通の言葉を理解し、介護記録の情報を会話するように携帯端末が応答してくれるシステムの開発も続ける。

 「障害者の介護、医療、保育なども含め、働く現場と情報工学の間をつなげていく人になりたい。あるべき社会保障の姿をしっかりイメージして技術、知識を生かした仕組みをつくれば、関わる人みんなの意識も変えられる」。介護記録はまだ入り口。理想の介護に向かい、ひた走る。

=2018/04/05付 西日本新聞朝刊=

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