教育側に自浄作用を 新宿日本語学校校長・江副隆秀氏 明日への提言(6)

江副隆秀氏
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 「2万人の中国人就学生が蜜を求めて来日した。迎えたのは『商売として成り立つ』と踏んだ人たち。一時、高田馬場には100メートルおきに日本語学校があると言われた」-。

 これは1988年ごろの東京・新宿の様子を回想し、93年の学内誌に書いた文章だ。「中国」を「アジア諸国」に置き換えてみてほしい。現状とよく似た「出稼ぎ就学生」と「留学ビジネス」は30年前に経験済みなのだ。

 中国は81年、改革・開放政策で私費留学を解禁し、日本政府は83年に「留学生10万人計画」を打ち出した。両国の国策を背景に、中国人就学生の新規入国は82~84年の100~250人から87年は7千人、ピークの88年は2万8千人超へと爆発的に増えた。

 「もうかる」とみて日本語学校の新規参入が相次ぎ、乱立した。マンション内に設立した学校に2千人の学生が登録された事例まで発覚した。「卒業証書偽造」「就学エサに風俗労働」「暴力団が募集、経営も」-。こんな見出しが当時の新聞をにぎわせた。

 事態悪化を受けて日本政府がビザ発給を厳しくすると、不満を抱いた中国人の若者が88年11月、大挙して上海にある日本の総領事館を取り囲み、抗議デモを繰り返した。いわゆる「上海事件」だ。一連の影響で89年の中国人就学生は9千人台に縮小。500校を超えていた日本語学校は淘汰(とうた)された。

 事件の反省を踏まえ、89年に日本語教育振興協会(日振協)が設立され、法務省に代わって日本語学校の審査認定業務を担うようになった。学校側に緊張感が生まれ、正常化が進んだ。だが、この業務は2010年の「事業仕分け」で廃止され、日本語学校へのチェックは再び甘くなった。

 この時期は、母国側の政情不安や経済格差などを背景にベトナム、ネパールなどのアジア系留学生が増え始めた時期と重なる。留学生数は増加の一途をたどり、昨年末には27万人に達した。日振協の縛りがない中、新設校も急増し、証明書偽造や失踪、不法就労などが問題化している。

 歴史を繰り返すのか。「上海事件」を乗り越えてきた伝統校が手本となって、反省と教訓を引き継ぎ、外国人を対象とした日本語教育界に自浄作用を働かせるべきだ。そのためには、チェック機能を持ち、良い事例も問題化した事例も情報を共有できた、かつての日振協のような仕組みを再構築する必要がある。

 ◆江副隆秀氏(えぞえ・たかひで) 1975年、東京に新宿日本語学校設立。日本語教育学会代議員。日本語教育の教授法の開発に力を入れ、著書多数。

=2017/06/14付 西日本新聞朝刊=

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