「日本会議」の実態に迫る論考 日本最大の保守系団体 安倍政権に強い影響力

 今年の正月のことである。初詣に行った人たちが神社の「ある活動」に対して、インターネット上で次々に違和感を表明した。憲法改正の署名活動である。主導するのは「美しい日本の憲法をつくる国民の会」。背後には「日本会議」が存在する。

 この会は「一千万人賛同者拡大運動」を展開する。国会での憲法改正発議を後押しし、国民投票で過半数を獲得することが目指されている。多くの神社が活動に賛同し、初詣客を対象として署名を訴えたのだ。

 個別の神社が政治活動を行うことに問題はない。国家権力や行政が特定の宗教団体の活動を規制すれば、宗教弾圧になる。しかし、初詣という国民的慣習の場で、その主体となる神社が政治活動を行ったことに、違和感を抱く国民が多くいたことも事実である。

 日本社会における神社の位置づけは、案外難しい。戦前は「神社非宗教」という説が採用され、明治憲法では形式上、信教の自由が保障された。しかし、「非宗教」とされた神道は、国民文化そのものと規定され、伊勢神宮の神札(神宮大麻)の頒布が半ば強制的に行われた。

 神社と政治はいかなる関係であるべきなのか。靖国参拝問題を含め、日本社会はまだこの問題を整理し切れていない。

 現在、日本各地の神社を包括するのは神社本庁。日本会議の有力メンバーである。日本会議は日本最大の保守系団体といわれ、安倍晋三内閣に大きな影響力を保持しているとされる。現在、動向が最も注目される団体の一つと言ってもよいが、その実態は判然としない。

 この日本会議の活動を明らかにするのが、インターネット上に連載されている菅野完(たもつ)「シリーズ草の根保守の蠢動(しゅんどう)」(ハーバービジネスオンライン)である。日本会議の原点を「生長の家」メンバーを中核とした1960年代の学生運動に見出(いだ)し、その活動とイデオロギーを明らかにしている。現時点における最も詳細な日本会議論と言えるだろう。

 菅野は、日本会議のマネジメント能力に注目し、その活動のエッセンスを抽出する。日本会議の特徴は「個別目標に相応した別働団体を、多数擁している点にある」という。「美しい日本の憲法をつくる国民の会」もその一つだ。各団体が署名活動や各種イベント、勉強会などを地道に展開し、大きな動員力を身につけている。さらに地方議員の取り込みを重視し、議会での質問攻勢や意見書の採択を行うことで、中央の政権与党に圧力をかける。

 このような方法論は、60年代後半の学生運動の中から生み出されていったと菅野は指摘する。その主体は宗教団体「生長の家」の社会運動と民族派学生運動。「愛国宗教家」といわれた谷口雅春の教えを信奉し、左翼学生に対抗した右派学生の運動が、原点にあるという。

 生長の家は80年代に政治運動から撤退し、現在はエコロジーを中核とするリベラル路線をとる。この方針転換に不満を持つ信者たちが日本会議の運動を支える。

 一方、日本会議の特色は、役員に多様な宗教団体関係者が名を連ねていることである。特徴は、神道関係者と共に新興宗教の比率が高いことにある。そこには信仰上の統一性が見られない。信仰の現場で信者の奪い合いを行う団体が同居している。菅野は、現場取材を重ねることで「国歌斉唱」と「リベラル揶揄(やゆ)」が利害関係の大きく異なる各団体の連帯を生んでいると指摘する。

 このような運動の担い手が、安倍政権における「首相補佐官」や「秘書」、「有識者会議のメンバー」に就任し、影響力を行使している。「現在の安倍政権は、各方面から『生長の家』政治運動の関係者たちの影響下にある」という。緊急事態条項の条文化から憲法改正を進める構想は、日本会議と軌を一にする。

 菅野の連載は「日本会議の研究」(扶桑社新書)として4月末に刊行される予定という。大きな話題になるだろう。

 塚田穂高「日本会議と宗教」(「宗教と現代がわかる本2016」、平凡社)は、日本会議の宗教性に注目しつつ、「国家神道」「戦前回帰」という枠組みでは捉えきれない側面に注目する。塚田が指摘するのも、「生長の家という源流」だ。彼らが幅広い宗教関係者の参加を可能とする「場」「フォーマット」を形成した点に着目すべきだという。そして、日本会議に参加する宗教団体に対して、「敵」を想定することで対立や分断を煽(あお)ることが、宗教の目指す方向性なのかと疑問を呈する。簡にして要を得た論考だ。

 塚田には「宗教と政治の転轍(てんてつ)点 保守合同と政教一致の宗教社会学」(花伝社)という著作がある。必読の書である。

(中島岳志 なかじま・たけし=東京工業大教授)


=2016/04/26付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]