<13>偶然生まれた白濁スープ 来々軒(北九州市小倉北区)

「常連さんから『昔の味がでちょる』と言われますから、簡単に味は変えられません」と語る杉野龍夫さん
「常連さんから『昔の味がでちょる』と言われますから、簡単に味は変えられません」と語る杉野龍夫さん
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 北九州市小倉北区宇佐町1の5の14。ラーメン500円、焼きめし500円、ギョーザ250円。正午~午後10時。定休日は第1、3日曜日。093(551)0293
北九州市小倉北区宇佐町1の5の14。ラーメン500円、焼きめし500円、ギョーザ250円。正午~午後10時。定休日は第1、3日曜日。093(551)0293
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 国道や都市高速道路が近くを貫き、ひっきりなしに車が行き交う北九州市小倉北区の一角。そんな喧噪(けんそう)の中で「来々軒」は、1951年から営業を続けている。だが店主、杉野龍夫さん(62)の名刺にはこう記してあった。“久留米・白濁とんこつラーメン発祥の店”

 「もともとはおやじが久留米でラーメン屋を始めたんです」。杉野さんは父親の勝見さん(故人)から伝わるのれんの歴史を語ってくれた。創業は47年。西鉄久留米駅(福岡県久留米市)前で開いた屋台が前身だ。開業時、九州初のラーメン店「南京千両」(同市)の創業者、宮本時男さんにも相談したらしい。宮本さんが明治39年生まれだったことと英語の「サンキュー」にあやかって屋号は「三九」にした。

 当時は南京千両と同じく、豚骨をちょっと煮た程度の透明感を残したスープだった。ところがある日、勝見さんが「仕入れ」に行って帰りが遅くなると、母親に任せたはずのスープが煮立って白濁していた。失敗作と思いつつ飲んでみると意外においしかった。その偶然こそが白濁豚骨スープの誕生秘話だ。「おやじは仕入れと言い張るけど、遊びに行ってたんでしょう。運がいいんですよ」と笑う。

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 久留米での営業は4年で終わる。勝見さんは「三九」をのれんごと知人に譲って、縁もゆかりもない小倉市(現在の北九州市)に移った。路面電車の「香春口」電停前に屋台を構え、屋号も「来々軒」と改めた。「小倉の方が売れると思ったからでしょう。行動派でしたから」

 ちなみに「三九」を引き継いだのは四ケ所日出光さん(86)=佐賀市。福岡県八女市と熊本県玉名市に支店を出し、56年以降は佐賀市に店舗(現在休業中)を構えるなど四ケ所さんは白濁スープを九州中に広めた立役者だ。

 「来々軒」もすぐに人気となった。最盛期は一日700杯売れた。評判が評判を呼び、20キロ近く離れた行橋までバイクで出前したこともあった。20歳から店を手伝い始めた龍夫さんは先代の味を受け継ぎつつ「えぐみが出るから頭骨を使わなくしたり、炊き方を変えたり」と工夫も凝らしてきた。

 差し出されたのは表面に浮く脂も少ない白濁スープ。久留米ラーメンの特徴でもあるノリも載っている。「久留米時代にメンマを切らして、代わりにノリを入れたのが始まり。うちが発祥なんですよ」。一口すすると口当たりはあっさり。しかし、奥には豚骨の濃厚なうまみをしっかりと感じられる。「生まれも育ちも北九州ですから」と言う龍夫さんだが、その味はやはり久留米っぽい。

 かつて四ケ所さんが作るラーメンを食べたことがあるが、それとは全く違う一杯。ラーメンの奥深さを感じた。 (小川祥平)

=2015/04/02付 西日本新聞朝刊=

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