性暴力の実相(3)無理解 「私が悪い」招く神話

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 あなたは悪くない-。20代のユミさん=仮名=は、カウンセラーのレイコさん=同=から事務所でそう言われると、ボロボロ泣きだした。「初めて言ってもらえました」

 数年前。ユミさんは職場の上司と酒を飲んだ後、強引にホテルに連れ込まれた。怒らせれば、クビにされるかもしれない相手。それでも「やめて」と何度も抵抗し、はぎ取られた服も一度は奪い返した。結局、男の腕力には抗えず、暴行された。

 「飲みに付いて行ったあんたが悪い」

 意を決して同僚女性に被害を打ち明けたユミさんを待っていたのは、乾いた言葉だった。「私が弱かったから被害に遭ったんだ…」。上司の名前を書類で見るたびに心臓が激しく鼓動し、涙が止まらなくなる。すぐに、職場にいられなくなった。

 「ユミさんは、置かれた状況の中で精いっぱいの『ノー』を示していた。周囲の無理解が彼女を追い詰めてしまった」。レイコさんはそう分析する。

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 世の中には「強姦神話」と呼ばれる説がある。「露出の高い服装をしたり、なれなれしい態度を取ったりする女性が被害に遭う」「嫌なら必死に抵抗したはずだ」。そんな見方が被害者を萎縮させ、性暴力の存在を埋もれさせていく。

 「神話」は司法界にも存在する、と指摘する専門家もいる。

 千葉市の駅前で2006年、「ついて来ないと殺す」と男に脅された女性=当時(18)=が、ビルの外階段で強姦されたと訴えた事件。最高裁は11年に、逆転無罪判決を言い渡した。

 「叫んだり、助けを呼ぶこともなく、逃げ出したりもしていない」「女性はキャバクラに勤務しており、接客経験も有しており…」。女性の話を「信用できない」とした判決文は、職業にまで言及した。

 性暴力事件に詳しい島尾恵理弁護士(大阪)は「被害者は突然のことに恐怖で凍り付き、抵抗も、声を上げることもできなくなる。強姦神話など非科学的な理由をあげて供述の信用性を否定するケースは少なくない」と話す。

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 「まさかの不起訴!」「検察は合意があったとみたのではないか」。福岡市・天神のワッフル販売店で昨年起きた集団強姦事件をめぐり、インターネット上では議論が巻き起こった。

 店員らは深夜に店内で20代女性に乱暴し、この女性をさらにホテルに連れて行って性暴力を加えた疑いがあった。

 検察庁が出した結論は「罪に問えない」。ある捜査関係者は「被害者が抵抗できないほどの暴行や脅迫がないと、強姦罪は成立しない。無罪が出る可能性が高ければ起訴は難しい」と話す。

 これに対し今年7月、一般市民がメンバーを務める検察審査会は、店員1人に不起訴不当を議決した。議決書では、「深く被害者の心理まで配慮した判断」を求めた。強姦神話に一石を投じているようにも見える。

◆面識のない加害者は1割止まり

 内閣府が2014年度に行った「男女間における暴力に関する調査」(約3500人の男女が回答)によると、女性の15人に1人が「無理やり性交されたことがある」と答えた。加害者は、元交際相手や職場関係者などが46・2%▽配偶者や元配偶者が19・7%▽親族や親戚が8・5%-などで、面識のない人は11・1%にとどまった。「(被害後に)誰にも相談しなかった」と答えたのは7割近くに上った。

◆被害者3%は男性 強姦罪に規定なく苦悩

 性暴力の被害者は女性だけではない。法務省によると、2013年に全国で認知された強制わいせつ事件7654件のうち、2・7%にあたる208件は男性が被害者だった。刑法の強姦(ごうかん)罪は加害者を男性、被害者を女性と限定しており、男性被害者は「誰にも相談できずに苦しみを抱える人は多い」と訴える。

 九州大の内田博文名誉教授(刑事法)によると、男性がレイプ被害に遭ったとしても法的規定がないため、犯人は強制わいせつ罪で処罰される。欧米ではこのような男女での区別はないという。法務省の有識者会議は8月に発表した報告書で、強姦罪をめぐり男性も被害者になることを指摘。男性被害者について「心的外傷後ストレス障害(PTSD)などのダメージを受けるのは女性と変わりない」としている。

 50代の玄野(くろの)武人さんは20代のとき、知人の女性から何度も性行為を強いられ、精神科医からも被害を受けたという。40歳のころ、苦しんだ記憶がよみがえり、PTSDとなった。

 当時、性被害の相談電話に助けを求めたが「男性のことは分からない」と言われ、男性被害に触れた書籍もほぼ皆無だった。「いまだに『男性が性暴力に遭うわけがない』という社会の偏見がある」と訴える。

 玄野さんは2001年、男性被害をテーマにしたホームページを開設。他の男性被害者とともに自助グループ「RANKA(ランカ)」を立ち上げて年に1度、関東で被害者同士が体験を語り合う交流会を開いている。「男性の被害を理解してくれる人が少しでも増えてほしい」と話す。

 国は今秋にも刑法改正の検討に入る。内田名誉教授は「心と体の性が一致しないトランスジェンダーなど性のあり方は多様化している。法の下の平等に基づき、被害者に寄り添う改正が望まれる」と強調した。

=2015/08/31付 西日本新聞朝刊=

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