【裁くということ】(1)の1 「分かる裁判」手探り 変わる審理

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 裁判官とともに法壇に並ぶ6人の市民が、被告や証人の話に耳を傾ける光景が日常になった。裁判員制度が始まって21日で3年。制度の見直しを検討する節目を迎えた。「罪とは、法律とは…。これほど考えたことはありませんでした」。裁判員を経験した幾人もが言う。事件の背後にある地域社会のありようや、罪を犯した人の更生にも目が向き始めた。死刑の選択にまで市民が関わる。冤罪(えんざい)を防ぐに十分だろうか。九州の事例を中心に課題を探る。

 福岡地裁の評議室で弁護人が語気を強めた。「認知症の疑いがある。精神鑑定をするべきです」。「必要ありますかねぇ」。テーブルで向き合う裁判長は素っ気ない。検察官は黙ったままだ。

 裁判員裁判の審理に先立つ公判前整理手続き。裁判官、検察官、弁護人が非公開の場で争点や証拠を絞り込む。被告の責任能力を調べる鑑定が必要かどうかをめぐる応酬は3カ月も続いた。

 福祉施設で、同室の男性をはさみで何度も刺した殺人未遂の罪に問われた折田一男(65)=仮名。弁護人の赤松秀岳が留置場に接見に赴くと、前に勤務していた会社名さえ思い出せずにいた。

 赤松は、普段は穏やかな折田が突然暴力を振るったという施設での記録を取り寄せ、主治医からは脳梗塞で物忘れが悪化したことを聞いた。

 幾つもの調査結果を裁判長にぶつけ、ようやく鑑定が認められた。まもなく出た診断は混合型認知症だった。

 裁判員裁判は、司法になじみのない市民がわずか数日、平均4回ほどの公判で判決を導く。裁判員の負担に配慮して「公判はより短く、分かりやすく」が制度の趣旨だ。膨大な証拠を整理手続きで厳選し、争点を明確にする。

 3月、折田の公判が始まった。「認知症の影響で感情がコントロールできないことがある」。鑑定医は証人尋問で折田の特性を解説した。裁判員らは執行猶予付きの有罪判決を出した。鑑定結果から認知症が犯行に及ぼした影響を認め、責任能力が限定的な心神耗弱状態だったとした。

 責任能力が絡むと、整理手続きも公判の審理も長引く傾向にある。ある裁判官は言う。「折田のように被害者の傷が軽微なら、鑑定をしてもしなくても執行猶予が予想される。時間ばかりかかって意味はない」

 福岡地裁で今月17日、傷害致死などの罪で懲役7年の判決を受けた近藤一馬(34)の裁判員裁判では、事件の根幹が見落とされそうになった。

 「殴って死なせた」と近藤自身が認めたため、昨年9月の整理手続きで争点は量刑に絞られた。証拠が出そろっていないにもかかわらず地裁は公判の日程を示し、弁護人の野上太郎も同意した。2カ月たって初公判が1週間後に迫ったとき、解剖医による遺体の鑑定書が開示された。致死量の覚せい剤成分が検出されたとあった。

 亡くなったのは覚せい剤が原因ではないか。野上は慌てて死因を再検討したいと裁判長に連絡、地裁は公判を延期した。

 裁判員裁判は裁判官だけの裁判とは異なり、公判で証拠を追加したり主張を変えることは原則できない。裁判員が混乱するからだ。整理手続きで検察が示した2千ページの証拠書類は、公判で裁判員に配られるときにはA4判2枚。主張がカラフルな図解入りでまとめられる。

 「見て、聞いて分かる裁判」は浸透してきた。ただ忘れてはならないのは、刑事裁判は裁判員のためではなく、被告のためにあるということ。

 「分かりやすさと迅速さを優先して、被告にとって大切な証拠をないがしろにするところだった」と野上。「被害者の死には覚せい剤も影響した」と述べる判決を聞きながら、反省の思いを強くした。
(敬称略)

 ▼公判前整理手続きの長期化 最高裁によると、公判前整理手続きの期間は2009年5月~12年3月の平均で5・7カ月。被告が起訴内容を認めている場合は4・8カ月、否認は7・1カ月。制度開始から1年間の平均が4・2カ月、認めている場合3・8カ月、否認5・2カ月だったのと比べて長くなった。弁護側、検察側双方の主張や証拠が適切に整理されれば裁判員や被告本人にとって分かりやすい審理につながる一方、長期化すれば被告の身柄が長く拘束され、証人の記憶が薄れてしまうなどの弊害もある。

=2012/05/21付 西日本新聞朝刊=

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