【大阪通り魔事件】凶行、SOSの果てに 満期出所者の支援に限界

刑務所を出た後、最初に赴いたとみられる宇都宮保護観察所=22日、宇都宮市
刑務所を出た後、最初に赴いたとみられる宇都宮保護観察所=22日、宇都宮市
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礒飛京三容疑者が親族宅に残したスポーツバッグや紙袋。大量の衣服が詰め込まれていた=23日、栃木県那須塩原市
礒飛京三容疑者が親族宅に残したスポーツバッグや紙袋。大量の衣服が詰め込まれていた=23日、栃木県那須塩原市
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 「住むところもないし仕事もない。こじきになっちゃう」。大阪・ミナミで2人の命が奪われた通り魔事件。逮捕された礒飛(いそひ)京三容疑者(36)は新潟刑務所を出てから2週間余、出身地の栃木県内をさまよい、支援を求める言葉を方々で残していた。周囲に見せた立ち直りへの意欲と凶行の落差は大きく、親族らは戸惑いを隠せない。出所から事件を起こすまでの軌跡をたどった。

 4畳ほどの面接室にはテーブルと椅子が3脚ある。5月24日昼すぎ。宇都宮保護観察所(宇都宮市)に現れた礒飛容疑者はこの部屋に通された。
 「泊まるところも身寄りもない。助けてください」。大きな紙袋を二つ手にしていた。

 この日の朝、覚せい剤取締法違反の罪で1年10カ月過ごした刑務所を満期で出たばかり。保護司らの生活指導を受ける仮釈放者とは異なり、満期出所者に保護観察所を訪ねる義務はない。「こちらが地元なので土地勘もあったんでしょう」と観察所の横地環(たまき)企画調整課長(47)は話す。

 応対した保護観察官は幾つかの更生保護施設に連絡したが、満室だった。「どうしても宿泊先をお願いします」。礒飛容疑者は必死だった。最終的に、薬物依存者を支援する民間団体が受け入れを了承する。翌25日、山深い場所にある那須町の施設に入所した。

   ∞   ∞

 それから15日たった6月8日午後1時ごろ。「礒飛京三です!」。那須塩原市で漬物店を営む女性(62)は、店先で声を掛けてきた男に面食らった。「住み込みで働かせてくれませんか」

 オレンジ色のTシャツにジーンズ。かばんを幾つも抱えている。幼少期に近所に住んでいた遠縁に当たるが、会うのは10年ぶり。2回目の服役を終え、この日の午前に薬物依存者の自立支援施設を出たと聞かされた。施設には外出が禁じられるなどのルールがある。「刑務所みたいだった」と話した。
 夫は出張中だった。「うちは暇だからね」と断ると「迷惑は掛けません。もう薬はしませんから」と何度も頼まれた。

 礒飛容疑者は男3人兄弟の末っ子。両親は他界している。「迎えに来てもらうよう電話しなさい」。自宅に招き入れ、兄たちに電話させたが、すべて断られた。落胆した様子だったという。

 午後8時ごろ、近くのホテルに車で送り届けると、直後に礒飛容疑者から電話があった。「大阪で仕事が見つかった。明日新幹線で向かいます」。弾んだ声だった。

 女性はホテル代も含めて3万円を手渡した。礒飛容疑者は正座し、頭を下げながら受けとった。「自分を大切にね」「お世話になりました」。9日朝、駅で別れた。

 買ったばかりの包丁を手に、礒飛容疑者がミナミの路上に立ったのは翌10日の白昼だった。

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 刑期を残して仮釈放された場合、保護司と月2回の面会といった順守事項が課され、就労などの支援も受けられる。

 満期出所者には何もない。礒飛容疑者のような自発的な申し込みに最低限の支援をするだけだ。「『じゃあ明日から頑張って。バイバイ』と放り出してしまう制度になっている」と横地課長。政府は満期者への新たな支援策の検討を始めたが、具体化はこれからだ。

 「夫がいれば違った対応ができたかも」。そう悔やむ親族の女性は、ぽつりと本音も漏らした。「内心怖かったですよ」

 出所当日、更生保護施設に空きがあったら、手を差し伸べる家族がいたら-。事件は起きなかったかもしれない。

 大阪に旅立つ前夜、礒飛容疑者が1泊したホテルからは那須連峰の美しい山並みが見えた。胸中を去来したのは大阪への希望か、絶望か-。

 女性宅には今も、礒飛容疑者が残していったかばんがある。中身は衣服ばかりだった。 (一瀬圭司、相本康一)

=2012/06/25付 西日本新聞朝刊=

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