声なき声に耳を澄ませる<10>

1日200~250匹の動物を診る。毎日数件の手術も行う
1日200~250匹の動物を診る。毎日数件の手術も行う
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 飼い主に連れられて来た犬は、ふらふらで明らかに神経症状が出ています。飼い主に「いつからですか」と尋ねると、「急にこうなった」とか「帰宅したらこうなっていたんです」という曖昧な答えが返ってくる。犬の血液検査は正常値ですが、触診すると頭に陥没箇所があったり、エックス線検査をすると脳挫傷の所見が見られたりもします。

 別の日は、心配そうな飼い主がマルチーズを連れてきました。意識は混濁し、全身虚脱、心拍数も落ち、血尿も出ています。飼い主はおろおろしながら「朝は元気だったんです。全く心当たりがない」と言います。こんな状態の動物は急変します。一刻も早く確定診断をして適切な処置をしないと命取りになることも少なくありません。

 こんなとき、飼い主からの情報だけが頼りですが、徐々に話につじつまが合わない部分が出てきます。私は「虐待」を疑わざるを得なくなってしまいます。粗相をした瞬間、怒りに任せて蹴り上げた…。そんな想像をしながら探りを入れますが、曖昧な言葉しか返ってきません。

 私は症状を見て、想像力を駆使しながら治療法を模索します。飼い主だけが知っている「本当のこと」を最初に話してくれたら、もっと早く最善の治療が施せるし、救命率もうんと高くなるのです。

 それでも、獣医師は飼い主を責めてはいけない。責めずに真実を探り出す。なぜなら、飼い主は反省しているからこそ、本当のことが言えないでいるのです。飼い主の気持ちを逆なですると、ますます治療が遅れてしまう。軽い調子で、飼育指導までできたら幸いです。

 虐待と同様、核心に届きにくいのが誤飲です。たばこや石ころなどの誤飲だと飼い主も教えてくれやすいので、手遅れになる確率は低い。よくある誤飲物に使用済み生理用品などもありますが、飼い主が打ち明けにくいため「何かを食べているかもしれない」とは伝えてくれても、確定的な事実は話してくれません。言えない気持ちは分かりますが、発見が遅れたら命にかかわる事故です。

 ペットは、飼い主の生活に密着するようになりました。決して他人には見せない個人的な空間に存在しています。密着した関係だからこそ、重大事故が起こってしまうのです。

 飼い主に真実を語ってもらうのが、最善の治療にたどり着く最短の方法です。そこが獣医師の腕の見せどころ。答えにくいことは淡々と聞き、あっさりと誘導する。日々の診療で起こる飼い主との「心理バトル」は、動物の命にかかわることだからいつも真剣勝負です。動物たちの声なき声に耳を澄ませ、飼い主たちが言えないでいる本当のことを読み取る力が、ペットの命を救うのに重要な能力だと思っています。

(竜之介動物病院長、熊本市)


※この記事は2016/10/06付の西日本新聞朝刊(生活面)に掲載されました。

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