山笠ニュース

【連載】赤手拭(てのごい)動く 博多祇園山笠<2>異変 不況吹き飛ばせ

2009年06月21日 11:13
神事後の直会(なおらい)で杯を配る中洲流の樋口崇さん
神事後の直会(なおらい)で杯を配る中洲流の樋口崇さん
 雑居ビルに真っ暗な店が点在し、ひところのネオンの輝きが失われた中洲地区。不況にさらされる九州最大の歓楽街で、ある“異変”が起きている。例年、中洲流の当番町の赤手拭(てのごい)や若手らは、連日夕方になると集まり、山笠へ向けた会合を開く。ところが、今年はその姿がめっきり減った。

 「5年前の当番町の時とは全然違う。『会社が大変なのにまた山笠(やま)に行くとか』と同僚や上司から白い目で見られる。サラリーマンが出にくくなっとうとです」と言うのは中洲流の赤手拭、樋口崇(29)=福岡市博多区中洲4丁目。老舗「蛇の目寿司(ずし)」の3代目だ。

 市の5月末の統計によると、中洲流の5町の人口は444人。参加者の8割以上は、町外からの応援となるだけに影響は大きい。打ち合わせや連絡は、携帯電話のメールで代用。「どうなるんやろ」と危機感も抱いたが、祭りが近づくに連れ、赤手拭以上の役員は徐々に顔を見せ始めた。

 父雅兄(まさお)(64)は、流の総務を務めたこともある重鎮。背中を見て育ち、祭りが体に染み付いた崇は、年齢は赤手拭で下から2番目でも、6年目の経験年数は中堅。「出しゃばるわけにはいかんですけど、言わないかんこともある。顔を出せない人の分もカバーして、感謝しながらやっていきたい」と前を向く。

 不況を乗り切るため、まちづくりに流の力を借りようという動きも生まれている。中洲町連合会は5月の総会で、別組織の中洲流を同会に取り込み、再編することを決定。同会の川原雅康専務理事は「流の組織力は、まちづくりの原動力になる。中洲まつりが今年で34回目を迎えられるのも、流のおかげ」と語る。

 かつてない不況の荒波との戦い。「バブル期は寄付を200万円ポンと出す人もいたが、今は断られることさえある。でも、これまでも山笠は何度も危機を乗り越えている」と流総務の岩崎純一(64)。「負けられん」が共通する思いだ。 (敬称略)

 ▼法被 流や町によってデザインが異なる。ひざ丈のものを長法被と呼び、6月1日から着用が許される。当番法被ともいう。水法被は山笠を舁(か)くときのユニホーム。中洲流は5町とも統一され、背中に流れるような書体で「中洲」とあるのが特徴。


=2009/06/20付 西日本新聞朝刊=

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