山笠ニュース

【連載】赤手拭(てのごい)動く 博多祇園山笠<6>財産 経営の哲学学ぶ

2009年06月27日 12:42
舁き山笠を収める山小屋の建設準備をする大丸博之さん(手前)
舁き山笠を収める山小屋の建設準備をする大丸博之さん(手前)
 責任感と晴れがましさ…。涙がほおを伝った。2004年7月1日。この日を大丸博之(30)=福岡市博多区諸岡=は、忘れない。恵比須(えびす)流の横町の山笠神事「注連(しめ)下ろし」終了後、赤手拭(てのごい)などの役員となる男たちの名前が次々と呼ばれた。町総代から初めて赤一色の手拭を渡された大丸は、「言葉にできないぐらい感激した」。

 この日、横町で行われたのは「手拭渡し」の儀式。15日の追い山へ向け、誰しも初心に戻り、厳粛な気持ちになる。とりわけ赤手拭に昇格する者にとって、一人前の男と認められた記念日だ。

 建築内装業を営む父信博(55)も思いは同じ。昔、若手として山笠に出た。礼儀を重んじ、幅広い人間関係もできる場。そこには経営者に求められるイロハがあった。自身は仕事の忙しさから参加をあきらめたが、後継者の博之にはそれを学んでほしかった。「親子2人だけの会社。情を排して厳しくできるか不安だった」。知人が横町の役員を務めていたことが縁となり、背中を押した。

 今年、横町は山笠準備の責任を持つ「当番ブロック」。緊張感が日増しに高まる。だが、赤手拭6年目の博之は口調や態度にいつにも増して気を使う。「これを持っていってください。ありがとうございます」。年上や社会的地位のある人が、若手や一般にいる山笠の世界。気遣いの大切さを痛感する。その経験は仕事にも生かされている。

 現場監督としてともに仕事をする職人の話に耳を傾け、気心を通じ合わせた。父の期待通りの道を歩みつつある。

 不況の中、親子で営む家業は決して楽ではない。売り上げは昨年より1割程度減ったが、父は「息子を山笠に出したい」と仕事を一人でこなす。博之も家業は気になるが、山笠を通じて目に見えぬ財産を手にした。直会(なおらい)では「会社が立ちいかんくなったら面倒みちゃる」という心強い言葉が耳に入る。

 「いろんな人に支えられて自分があります」と博之。助け合う博多んもんの心意気が、山笠に凝縮される。

 (敬称略)

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 ▼注連下ろし 7月1日早朝、舁(か)き山笠の流や町内を単位に、ささ竹を街頭に立て注連縄を張り、祭りの無事を祈る神事。旧暦の名残で恵比須流は、流全体としての神事を6月1日に行い、7月1日は横町など数町が町内の神事を行う。


=2009/06/26付 西日本新聞朝刊=

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