山笠ニュース

【連載】赤手拭(てのごい)動く 博多祇園山笠<8>兄弟 きずな深まった

2009年06月30日 14:21
山小屋の前で意気込みを語り合う高松利彦さん(右)と弟健二さん
山小屋の前で意気込みを語り合う高松利彦さん(右)と弟健二さん
 暗闇の中で汗が噴き出す。名前を呼ばれるか。取締の口元に視線が集中する。追い山の「櫛田入り」が刻々と迫る昨年7月15日未明。福岡市博多区千代に据えられた千代流の舁(か)き山笠の周りに、男衆、数百人がずらりと並んだ。櫛田入りする26人の精鋭たちを選ぶ「棒組み」の瞬間だ。

 「見送り右肩一番棒台下、高松」。取締に肩をたたかれた高松利彦(29)=須恵町=は棒に付いた。3年連続で大役を担う兄の姿を目で追う弟健二(27)=同。「いつかは自分も」。唇をかみしめた。約10年前、ほぼ同時期に赤手拭(てのごい)になった二人。だが、兄は常に背中を追う存在でもあった。

 「自分は本当に何をしたいのか」。高校卒業後、将来に迷う中、福岡市内の飲食店に就職した健二。忙しい職場で、赤手拭なのに、山笠にほとんど携われなくなった。街に響く掛け声に胸は騒ぎ、配達業務の合間に眺めた。「これでいいのか」。仕事も山笠にも腰が据わらず、約3年間、職を転々とした。

 「何とかして一緒に出れんや」。水道設備の職に就き、赤手拭の中心になっていた利彦は度々、弟を心配して声を掛けた。父親が千代地区出身で、幼い時から、須恵町から出ていた二人。地元出身の子どもが多く、肩身の狭い思いもした。だからこそ、助け合える弟が定職に就き、また山笠に出てほしかった。

 転機は22歳で入った住宅設備会社。勤務態度を評価され山笠への道が開けた。人生を懸ける仕事を探し始めた健二。行き着いたのは父、そして兄が天職とした水道設備の仕事。昨年、兄が最初に修業した会社に転職、迷いは捨てた。

 利彦にとっても目と目で通じ合う弟の存在は頼もしい。168センチ前後の背丈の二人は、それぞれ右利きと左利き。舁く場所も、見送り台下の左右一番棒と対称位置だ。

 「今年こそ共に櫛田入りを」。熱気に揺れる山笠の左右を支え、フィナーレを兄弟で飾りたい。 (敬称略)

    ×      ×

 ▼櫛田入り 7月12日の追い山ならし、同15日の追い山で七流の舁き山笠が出発直後に櫛田神社の境内に入る。各流が順に、境内に立てられた清道旗を回り、速さを競い合う。山笠の見どころの一つで、同神社に特設される桟敷席券は毎年30分以内で完売する。


=2009/06/29付 西日本新聞朝刊=

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