ソフトBドラ5田浦と鍛治舎監督の奇縁 中2の夏…アンビリバボーな巡り合わせ

笑顔の秀岳館・鍛治舎監督(左から2人目)にタッチで迎えられる田浦
笑顔の秀岳館・鍛治舎監督(左から2人目)にタッチで迎えられる田浦
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タマスタ筑後を見学に訪れ、増田(左)と並んで歩く田浦
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 【ソフトバンク ルーキーたちの履歴書・後編】

 今秋のドラフトでソフトバンクが指名した支配下5選手の足跡をたどる特集企画。ドラフト5位、田浦文丸投手(18)=熊本・秀岳館高=の後編は、鍛治舎匠氏との数奇な縁を。

⇒【前編】1歳でグラブ手に 3歳で野球一本 ソフトBドラ5田浦は白球がトモダチだった

 中2夏、全国の大舞台で輝いた田浦に運命的な“出会い”が訪れた。中学硬式野球の日本一を争う全日本中学野球選手権大会(ジャイアンツカップ)に出場し、先発した準決勝で1‐0と完封。決勝の相手、大阪・枚方ボーイズの監督は高校で恩師となる鍛治舎巧(66)だった。

 鍛治舎は目を奪われた。「小柄だけど、体をうまく使っている。打撃を含め野球センスがいい」。さらに、田浦が所属していた福岡・糸島ボーイズ代表で元プロ野球選手の岩崎清隆(66)は鍛治舎と同学年。1969年春の甲子園で投げ合った間柄だった。数十年ぶりの再会を果たした2人は高校時代の話で盛り上がった。この再会が、後に田浦の進路の決め手となった。

 2014年春、鍛治舎は熊本・秀岳館高の監督に就任。その夏、岩崎から「うちのエースを取りに来てほしい」と連絡があった。既に全国で知られる存在になっていた田浦には大阪桐蔭高など全国の強豪から誘いがあった。鍛治舎は振り返る。「まだ実績のないうちに来るとは思わなかった。不思議な縁」。1年夏からベンチ入りし、秋からは主力投手として活躍した。

 甲子園には2年春から4季連続出場。順調に育つ左腕に鍛治舎はこう道を示した。「君は大学や社会人ではなくプロ一本だ。強気のピッチャーに逃げはない。退路を断って、プロに進みなさい」。スカウトの目に留まる仕掛けもつくった。3年夏はリリーフ専門で起用。9月のU‐18(18歳以下)ワールドカップ(W杯)を見据えての決断だった。先発候補が多くいたこともあり確実に枠に食い込むための策。これが当たった。思惑通りに代表入りし、W杯では計6試合、13回2/3を投げ29奪三振。日本代表から唯一ベストナイン(救援投手部門)にも選ばれ、評価は急上昇した。仕掛け人の鍛治舎ですら「してやったりだった。ここまでやるとは」と目を丸くするほど獅子奮迅の大活躍だった。

 古風な名、文丸。「出会いがいい(という意味が込められた)名前と聞いた。名前のおかげかな」。プロを目指し突き進んできた左腕が常勝軍団に新風を吹き込む。=敬称略

 (おわり)

=2017/12/12 西日本スポーツ=

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