秋山幸二氏「とんでもないヤツだね」松坂にチクリ/ホークスOBトーク2

1999年9月、西武戦で松坂から顔面に死球を受けた秋山
1999年9月、西武戦で松坂から顔面に死球を受けた秋山
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 ソフトバンクは6月2日のDeNA2回戦(ヤフオクドーム)を、球団創設80周年企画「レジェンドデー」の第3回として開催した。ゲストとして招かれたダイエーOB、ソフトバンク前監督の秋山幸二氏(56)が試合前、球場に隣接するヒルトン福岡シーホークでのトークショーに登場。ファン約210人を前に語った内容をお届けする。全4回の第2回。

-ダイエーでの選手時代に仕えた王監督の印象は

 あー、西武時代はね、オールスターでしか会わないんですよ。オープン戦は会うんですけども。まあ、ちっちゃいころはね、ジャイアンツの試合がテレビ、新聞でやってたから見てました。だからその時のイメージ。あと、オールスターの時に「王さんや…」と思って見ててね。それぐらい。話、したこともないです。

 1回だけ、声掛けられたのは、僕、サードを守ってまして。王さんがサードコーチャーに立ってて。「しっかりホームラン、いっぱい打つように」って。それだけですよ。話したの。だから、そういうイメージ以外、あんまりなかった。

 で、監督されるっていうので、来られて。厳しかったですね~(笑)。いやでもね、ほんっとにね、勝負に対しての厳しさはすごい。人一倍どころか、もう…。すごいです。負けず嫌い。まあ野球選手なんて結構、負けず嫌いが多いですよ。はい。やっぱりそりゃずっとね、競争の世界でやってますんで。負けず嫌い、出していかないと。やっぱ、やらなきゃいけないんで。その中でもね、王さんはすごかったですね。

 自分にも厳しいっていうのもあるだろうし。勝負に対しても厳しい。やっぱりそれぐらいの気持ちがないと、まあ、技術も含めてそうですけれど(ホームラン)868本はね、打てないですよ。だってジャイアンツで最後(現役最後のシーズンが)終わってね、30本ホームラン打って「自分のバッティングができない」っつって辞めるんだけど、あり得んでしょ(笑)? あり得ないけどね。

-秋山氏の引退時もまだやれそうな気がしましたが

 僕ですか? 僕はもう、ごまかしながらやってましたもんね。まあ、腰が悪かったんで。

-西武からダイエーに移籍して来て6年後、うれしい初優勝となりました

 あれはね。99年。ええ。あれはですねー、ほんとに良かったなと思いますね。若い選手がいっぱい…レベル、モチベーションが高い選手と、技術を持ってる選手、いっぱいいましたからね。井口(資仁)と城島(健司)と小久保(裕紀)とかね。松中(信彦)とか。いっぱい。ピッチャーもそうですけど。

 彼らと一緒にこう、優勝を分かち合えて、っていうかね。ファンの皆さんもね、やっぱ、すごく応援されてましたよね。だから、そういうのに応えられたっていうのも含めて、良かったなっていうのをすごく感じましたね。

-西武・松坂から顔面にデッドボールを受けたのもその年でした

 そうです。僕がグローブをあげた日ですよ? (松坂)大輔が、僕のグローブが欲しいって。何かね、結構、集めてたみたいなんですよ。(プロに)入った時から。それでね、「あの、グローブください」って言ってきたんで、「ああ、いいよ」って言って。

 そしたら、その日が登板の日で、ボールぶつけられて。とんでもないヤツだね(笑)! まあ、あの、電話はかかってきましたよ。終わってからね。「すいませんでしたー」って。「うん、分かった」って言って。「その代わり、おまえ、グローブ持ってこい」っつって(笑)。グローブ、今、ウチにありますけど。

-チームを引っ張るためにも、すぐにフェースガードを付けたヘルメットで復帰されました。

 うーん、(試合に)出ましたね。まあでも、ここ(ほお)がね、ポコッと折れただけだから。

-折れただけって…

 あのー、どうしようもないから。ここ折れても。あの、何ミリか以上、差が出る(骨がずれる)と、手術しなきゃいけないんですよ。でも、そのミリ数が少なければ、もう、そのまましかないんですよ。そのままくっ付けて、再生するのを待つしかない。顔にギプスできないじゃん? もう、そのまましよった(プレーした)ね。

 まあ、あと(当時監督の王)会長が「居ろ」っつって(笑)。「こんな顔で良かったらいいですよ」とか言って(笑)。こんな腫れてたんで。

-映像で見るとぎりぎりまでボールを見ています

 ああ…。あの、やっぱりね、当てようと思ってくる人ってあんまり、ピッチャーの中にはいないんですけど。当たる瞬間にこう、ウッと力入った方が、痛くない。やっぱり。不意に、何もしてないときにボーンて当たってくるときってタイミングがない。

 でも、あっ、来るな、来るな…と思って、ガッと来てると、結構、筋肉がこう、グッと収縮したりね。まあ骨とか、関節とかに当たったら、やっぱり骨折したりね。マッチ(松田宣浩)はよく骨折しましたけどね。今は、こんなプロテクター着けてますけど。

 だから当たるまでに…まあ物理じゃないけども、垂直に物が当たると、一番、衝撃が強いんですよ。でもこう、(当たる角度が)斜めになってると、滑っていく。当たるけど、ボールがずれていって、力が分散していくので、当たり方は必ず、こういうふうに、斜めにもっていくように。まともに、こういうふうに垂直に当たらないように。これも技術なんですよ、当たる技術。

 さっきの、当たる瞬間にウッ!!っていうのも。アッていう力でこう、ガッと筋肉を収めるっていうの? それもやっぱり技術なんですよ。だからです。当たるまでは、こうやって見る。当たりたくないから、最後まで、最後まで見る。当たんないように、当たんないように。

-その中で当たってしまったんですね

 それでも当たるときはありますけどね。でも結構、僕もほら、脇腹、骨折したりとかね。デッドボール当たって。骨折しながら試合出たりとか、やってましたし。ええ。まあそれはね、まあ、当たったなっていうだけで(笑)。へっへへ。

-99年に初優勝が決まり、捕手・城島、投手ペドラザが抱き合ったシーンは、今でも目を閉じたらすぐに浮かぶようです

 あー、そうですねえ。良かったですね。いやあ、僕が一番、良かったなと思ったのが、優勝パレード。西武の時はなかったんです。優勝パレードが。で、ダイエーに来て初めて、優勝パレードっていうのを経験して。その時の…あの、どの通りだったっけ(笑)。中洲の、あのね。あれは感動しましたね。

-当時の優勝パレードを観覧された方は?

 (ぱらぱらと手が挙がり)ああ、行かれました? あの時はね、あのー、ホテルの上からの紙吹雪っていうかね、バーって。今もう、掃除するのが大変なんで、禁止になったていうね(笑)。あの時はね、やっぱり、感動しましたよね。

-当時の優勝パレードは福岡だけでなく、北九州も回っていました

 そうですね。はい。こういうトークショー、お客さんの顔見えるんですけど。球場にいたらね、分かんない。ほんと。結構、離れてるじゃないですか。だからあんまり、表情分かんないんですよ。でも、パレードの時は、沿道にね、近くにいって、みんな喜んだりされてる姿を見ると、ほんとにね、ああ良かったなっていうのをね。あれで一番、グッと感じましたね。

-福岡が一番、盛り上がった瞬間でした

 そうですね。ほんと、盛り上がったんでね。でも、プレッシャーもありますよね。次の年からね、またね。「あー、もう一回頑張んなきゃ」とかってね(笑)。ほんとに。

 (3につづく)

=2018/06/05 西日本スポーツ=

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