ソフトB内川が復帰即一発 右膝「骨挫傷」の重症だった 工藤監督300勝に

7回2死一塁、内川は左越えに4号2ランを放ち、ガッツポーズをする
7回2死一塁、内川は左越えに4号2ランを放ち、ガッツポーズをする
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 ◆ソフトバンク6-2広島(16日・ヤフオクドーム)

 すごい男だ…。右膝痛などでの離脱から1軍復帰初戦の内川聖一内野手(35)が7回、勝負を決める4号2ランをたたき込んだ。2軍で2試合連続アーチを記録して帰ってきた主将の“3戦連発”。元気を得て約2週間ぶりの連勝を飾ったチームは、4カードぶりの勝ち越しをセ首位の広島相手に決めた。3日ぶりにリーグAクラスに復帰。4年連続の交流戦最高勝率の可能性も残した。

■4年ぶり「3番」で先発

 満員のスタンドに、最高の一打で「ただいま」を告げた。長谷川勇の適時打で追い付き、中村晃の犠飛で1点を勝ち越した7回。なおも2死一塁で、内川が今村の投じた初球、高めの143キロ真っすぐを思い切り振り抜いた。高々と舞い上がった打球は左翼テラス席に着弾。内川は一、二塁間で力強く右拳を高く突き上げ、三塁ベースを蹴る直前に再びガッツポーズだ。

 「まあ、出来過ぎですね」。照れ笑いで振り返る貴重な4号2ランで自ら復帰を祝った。14日のウエスタン・オリックス戦(タマスタ筑後)で約1カ月ぶりに実戦復帰。16日まで2軍戦で調整する予定だったが、2試合連続アーチを放った15日の同・広島戦(マツダスタジアム)後、急きょ前倒しで1軍復帰が決まった。

 14日に広島移動のはずが新幹線の事故で動けず、15日午前4時に起床して移動。試合後に日帰りで福岡へ戻った。お立ち台で1軍昇格を知らされた際の心境を語り「内心『ふざけんなよ~、今日帰んのかよ』って思いましたけど」と、いたずらっぽく笑わせた。それでも「帰ってきてチームのために野球ができる幸せを感じさせてもらいました」。復帰初戦ですぐ勝利に貢献。最高の笑顔が戻った。

 通算2000安打達成から約1週間後の5月15日の楽天戦で左足首に自打球を受け、17日に出場選手登録を抹消された。病院での検査で左足は打撲と診断されたが、実は4月に死球を受けた右膝の状態の方が深刻だと医師に告げられた。骨挫傷と診断され、工藤監督とも協議し、リハビリ専念を決めた。

 5月末にマシン打撃を開始したが、その翌日に右膝痛が再発。再び打ち始めるのに1週間かかった。それでも「ここ(右膝)を使ってるってことなんでしょうね。僕のバッティング、ここ大事だったんですよ、きっと」と偉業を果たした自らの打撃を見つめ直した。「(1軍に)戻れないことより、何も残せないことの方が迷惑になる」。焦る気持ちを抑えてリハビリに励むと、この日の初回、復帰1打席目から右足にしっかりとためをつくり、きれいな中前打を放った。

 工藤監督就任後から4番を任された主砲は、2014年以来4年ぶりの3番に回った。「違和感はなかった。充実した打席だった」。6回には無死一塁から四球を選び好機を広げて得点に結びつけた。「さすがに(2軍戦に)出てすぐ2本ホームラン打って、今日来ただけのことはある」と、監督通算300勝となった工藤監督も“3試合連発”の主将を絶賛した。打線に役者がそろい、チームは4カードぶりの勝ち越しで、3日ぶりにAクラスへ戻った。 (倉成孝史)

    ◇      ◇

 工藤監督が監督通算300勝を飾った。2015年の就任1年目から491試合目。福岡移転後のホークスで300勝を達成したのは、王元監督(現会長)、秋山前監督(本紙評論家)だが、王監督のホークスでの300勝は637試合目(5年目)の1999年8月25日の近鉄戦(大阪ドーム)で。秋山監督は562試合目(4年目。監督代行を務めた08年の1試合=1敗は含めない)の12年9月17日の西武戦(ヤフードーム)。工藤監督の白星量産ペースはかなり速い。

=2018/06/17付 西日本スポーツ=

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