さらば秋山40歳の決断 海外公式戦から大失速【平成14年のホークス】

引退試合後、涙を浮かべながらスタンドのファンにあいさつするダイエー秋山(平成14年10月6日)
引退試合後、涙を浮かべながらスタンドのファンにあいさつするダイエー秋山(平成14年10月6日)
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プロ初勝利を挙げ、抑えのペドラザ(右)からウイニングボールを受け取るダイエー寺原(平成14年4月28日)
プロ初勝利を挙げ、抑えのペドラザ(右)からウイニングボールを受け取るダイエー寺原(平成14年4月28日)
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ダイエーの新入団発表会見を前に談笑する和田(右)と新垣(平成14年12月)
ダイエーの新入団発表会見を前に談笑する和田(右)と新垣(平成14年12月)
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 ソフトバンクが本拠地を福岡に移して30周年を迎えた。移転最初のシーズンは平成元年。弱小から常勝へと変貌した「平成のホークス」の歩みを振り返る。

 ◆2002(平成14)年=2位/73勝65敗2分け 勝率・529

 2年ぶりの優勝を目指して始動したシーズンは開幕6連勝と絶好のスタートを切った。

 序盤の注目は2月キャンプでフィーバーを巻き起こした高卒ルーキーの寺原隼人。4月16日のデビュー戦は東京ドームで6回途中降板(勝敗つかず)だったが、同28日に福岡ドームでオリックスを相手に6回無失点で初勝利を挙げた。18歳の活躍もあり4月を終えて17勝9敗で首位に立った。

 5月14、15日に台湾で初のプロ野球公式戦を開催。台北・天母球場で行われたオリックスとの2連戦はアジアの玄関口福岡に本拠を置くダイエーと、八百長問題の影響で低迷する人気を回復したい台湾プロ野球の思惑が一致して実現した。台湾の英雄でもある王貞治監督の人気もあり立ち見客も出るほどの盛況ぶりだったが、結果だけを見ればこの海外遠征がペナントレースに影響を及ぼす形となった。

 台湾遠征は第1戦で松中信彦がサヨナラ弾。第2戦は打ち合いの末に1点差負けした。翌16日、ナインは福岡へ戻った後、次カードの西武戦に備えて長野へ入った。総移動距離2180キロ、気温差20度。疲れが抜けきらなかったのか19日に同率首位の西武に敗れると21日まで5連敗を喫した。その後は一度も首位に返り咲くことなくシーズンを終えた。

 独走した西武とは16・5ゲーム差。強打でもチームの要となっていた正捕手の城島健司が6月から7月にかけて鎖骨骨折で離脱したのも痛かった。

 40歳の秋山幸二が8月に引退を表明。世代交代の流れの中で小久保裕紀が3年連続30発以上の32本塁打をマーク、故障明けの斉藤和巳が8月に復帰して4勝を挙げた。2年目の山田秋親は先発で開幕4連勝も失速。寺原は中継ぎも含め6勝、若田部健一がチーム唯一の10勝を挙げた。

 大学に進んだ「松坂世代」が注目を浴びた秋のドラフト会議では、自由獲得枠で早大の和田毅、九共大の新垣渚という左右の即戦力投手の入団が決定。若田部がFA宣言して横浜に移籍した。

=2019/02/17 西日本スポーツ=

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