松中三冠もプレーオフで屈辱 ダイエー突然の“閉店”【平成16年のホークス】

プレーオフで敗れ、西武の胴上げを無念の表情で見守る王監督(右端)ら。これがダイエー最後の試合となった(平成16年10月11日)
プレーオフで敗れ、西武の胴上げを無念の表情で見守る王監督(右端)ら。これがダイエー最後の試合となった(平成16年10月11日)
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試合中にベンチを殴って骨折、一夜明けて両手に包帯を巻き病院に入るダイエー杉内(平成16年6月2日)
試合中にベンチを殴って骨折、一夜明けて両手に包帯を巻き病院に入るダイエー杉内(平成16年6月2日)
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三冠王が確定し笑顔で会見するダイエー松中(平成16年9月27日)
三冠王が確定し笑顔で会見するダイエー松中(平成16年9月27日)
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「福岡ソフトバンクホークス」のロゴを手に笑顔の王監督(左)と孫社長(平成16年12月24日)
「福岡ソフトバンクホークス」のロゴを手に笑顔の王監督(左)と孫社長(平成16年12月24日)
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 ソフトバンクが本拠地を福岡に移して30周年を迎えた。移転最初のシーズンは平成元年。弱小から常勝へと変貌した「平成のホークス」の歩みを振り返る。

 ◆2004(平成16)年=2位/77勝52敗4分け 勝率・597

 主砲の小久保裕紀が無償トレードで巨人へ、1番打者として再ブレークした村松有人がFAでオリックスへ移籍して迎えたシーズンは、復活導入されたプレーオフ制度に泣きリーグ連覇を逃す結果となった。

 4番松中信彦が打率3割5分8厘、44本塁打、120打点で史上7人目の三冠王。最多安打と最高出塁率も含め打撃5冠で00年に続き2度目のリーグMVPに選ばれた。前年途中に来日したズレータは2年目で大ブレーク。いずれも松中に次いでチーム2位の37本塁打、100打点で中軸に定着した。

 投手陣は斉藤和巳と和田毅が苦しみながらもいずれも2年連続2桁勝利を挙げ、11勝の新垣渚は奪三振王。ルーキー三瀬幸司が最優秀救援投手となり28歳で新人王に選ばれた。杉内俊哉は6月の試合で自らのふがいない投球に立腹しベンチを殴打。両手骨折でわずか2勝に終わり、球団に罰金を課された。

 この年のダイエーはレギュラーシーズンで2位西武に4・5ゲーム差の1位。人材流出への危機感やリーグ活性化を目的に導入されたプレーオフでは「5差以上で1勝」のアドバンテージを得られなかった。その結果、第2ステージで西武に先勝しながらも2勝3敗で敗退。松中は19打数2安打の大ブレーキで、当時の「プレーオフ優勝=シーズン優勝」の規定によりチーム最終順位は2位となった。

 03年に続いて打率3割超を記録した井口資仁がオフ、契約上の付帯条項に基づいて自由契約となり米メジャーのホワイトソックスへ移籍した。

 オリックスと近鉄の合併を端緒に球界再編騒動が起きたこの年、1リーグ10球団構想に反発した日本プロ野球選手会が9月に史上初のストライキを決行。経営難のダイエーにも「第二の合併」の臆測が飛び交ったが、親会社は最後まで単独保有を主張し1リーグは幻に終わった。それでも球団売却の懸念が残ったところに突然登場したのがソフトバンクだった。

 10月18日、孫正義社長が会見で球団買収の意欲を表明。前週に産業再生機構入りが決まったばかりのダイエーに体力はなく、1カ月後には譲渡の流れが固まった。12月24日、福岡市内で行われた会見で新球団名「福岡ソフトバンクホークス」が発表され、福岡ダイエーホークスは16年の歴史を終えた。

=2019/02/19 西日本スポーツ=

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