4冠エース斉藤の悲劇 世界一王監督が入院【平成18年のホークス】

優勝を逃し、マウンドでうずくまるソフトバンク斉藤(平成18年10月12日)
優勝を逃し、マウンドでうずくまるソフトバンク斉藤(平成18年10月12日)
写真を見る
試合後に会見を開き、手術、休養を発表するソフトバンク王監督(平成18年7月5日)
試合後に会見を開き、手術、休養を発表するソフトバンク王監督(平成18年7月5日)
写真を見る
巨人からFA移籍し、ソフトバンク復帰の会見で王監督に帽子をかぶせてもらう小久保(平成18年11月17日)
巨人からFA移籍し、ソフトバンク復帰の会見で王監督に帽子をかぶせてもらう小久保(平成18年11月17日)
写真を見る

 ソフトバンクが本拠地を福岡に移して30周年を迎えた。移転最初のシーズンは平成元年。弱小から常勝へと変貌した「平成のホークス」の歩みを振り返る。

 ◆2006(平成18)年=3位/75勝56敗5分け 勝率・573

 シーズン前の3月に開催された第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で王貞治監督率いる日本が激闘の末に初代王者となった。世界一の余韻の中で始まったシーズンだったが、プレーオフ導入3年目も苦い結末が待っていた。

 不動の正捕手だった城島健司がメジャーに移籍したチームは開幕から苦戦。WBCで「神の右手」を負傷した川崎宗則が出遅れ、松中信彦にマークが集中した打線は破壊力が激減した。それでもエース斉藤和巳や抑えで成長した馬原孝浩、ルーキー藤岡好明ら投手陣が奮闘。首位争いを繰り広げていた中で7月、王監督が胃がんを患い全摘手術を受け休養した。

 監督代行は森脇浩司チーフコーチ兼内野守備走塁コーチ。「王監督のために」を合言葉に一丸となったチームは日本ハム、西武と激しく競り合ったが、本塁打数が前年の172本から82本まで減った打線の不振もあり3位に終わった。初めて第1ステージから戦ったプレーオフでは2位西武を破った後、第2ステージで1位日本ハムに屈し3年続けて優勝を逃した。

 この年はプレーオフのルールが変更されシーズン1位チームには無条件で1勝のアドバンテージが与えられた。そのきっかけは04年ダイエー、05年ソフトバンクが1位ながら「2位に5差で1勝」のアドバンテージを得られずプレーオフで敗れたこと。皮肉にもその恩恵を受けたのは制度見直しを中心となって訴えたソフトバンクではなく日本ハムだった。

 4試合制のプレーオフ第2ステージ第2戦。第1戦を落とし後がないソフトバンクは斉藤が8回までゼロを並べたが日本ハム先発の八木智哉も譲らない。0-0の9回裏、日本ハムは内野安打の間に二走が生還してサヨナラ勝ち。松坂大輔と投げ合った第1ステージも含めいずれも打線の援護なく0-1で完投負けした斉藤は、札幌ドームのマウンドに崩れ落ち、試合後のロッカールームでおえつを漏らした。

 史上11人目の投手4冠を達成した斉藤は2度目の沢村賞を受賞。オフに巨人からFA宣言した小久保裕紀が「王監督を胴上げするために」と03年以来の古巣復帰。翌年の復帰に強い意欲を見せた王監督の希望もあり横浜から多村仁をトレードで獲得した。

=2019/02/21 西日本スポーツ=

今日の西スポ紙面はこちら 西スポプラス

西日本新聞のイチオシ [PR]

ホークス下剋上日本一!西スポ2018アーカイブス

西日本新聞のイチオシ [PR]