福岡

 

防空服のマネキンとガスマスク…福岡市の百貨店は「日中開戦」でプロパガンダの舞台に

【統制エコノミー・戦時編】

著者

斉藤 幸奈

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空襲を避けるため、外壁に迷彩が施された岩田屋(「岩田屋経営五十年史」より)

 太平洋戦争の開戦から2年になろうとした1943年11月、福岡市天神町(現在の中央区天神)の百貨店「岩田屋」は、営業の継続が危ぶまれる状況に置かれた。軍需省の地方機関である軍需監理部が「軍需工場として使いたい」と伝えてきたためだ。日本本土への本格的な空襲が現実味を帯びる中、鉄筋コンクリート造りの堅固さが陸軍の目に留まった。

 百貨店を創業した社長の2代目中牟田喜兵衛は幹部を集め、対応を協議した。建物を接収されれば閉店は避けられないが、喜兵衛は反対しなかった。「軍の命令は天皇陛下の命令だと教えられて育った私だから、軍が必要と言うなら仕方がない…」。第1次世界大戦末期、シベリア出兵に従軍した経験も背景にあったとみられる。

 しかし、...

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