<1>「食べ続けたい」味を継ぎ 黒門(福岡県遠賀町)

西日本新聞

「チャンスをもらったからには俺が継いでいかないけん」と語る川内久門さん 拡大

「チャンスをもらったからには俺が継いでいかないけん」と語る川内久門さん

福岡県遠賀町島門2の12。ラーメン600円、おにぎり50円。営業時間は午前11時~午後4時。定休日は月曜、第3日曜。093(293)1314。

 福岡県遠賀町。田園風景が広がる遠賀川沿いのほど近くに静かな住宅街が点在している。その一角にある「南京ラーメン 黒門」。白いのれんをくぐると、カウンターのみの狭い店内で目を引いたのは、壁にかけられたもう一つの古びた赤のれんだった。「『黒木』で使っていたものですよ」。店主の川内久門さん(56)はそう教えてくれた。

 黒木-。かつて北九州市八幡東区にあった人気店「南京ラーメン」の通称だ。店主の黒木政徳さん=2005年に81歳で死去=にちなみ、そう呼ばれた。川内さんは40代で脱サラし、その味を継ぐ。黒木さんの家族でも親戚でもなく、それまで飲食業とも無縁だった。思いは、ただひとつ。「『黒木』のラーメンを食べ続けたい」

   □    □

 「黒木」は1955年、八幡市(現北九州市八幡東区)を流す屋台からスタートした。製鉄で栄えた街で人気となり、数年後には路面店に。この街で育った川内さんにとっては中学時代からの思い出の味だった。

 本格的にはまったのは20代前半。営業マンとして北九州を回り、年間500杯ほどラーメンを食べ歩く中で黒木が別格だった。「朝昼晩と食べたこともあります」と笑う。

 転機は14年前。「黒木」の後継者がいないことを知っていた川内さんは思いきって切り出した。「作り方を教えてください」。黒木さんは当初、首を縦に振らなかったが、その後も通い続けると思いがけない言葉をかけられた。「仕込みでも見に来るか」

 休日は早朝から店で見学した。「骨の下ごしらえ、火加減、水の量、所作までを頭の中にたたき込んだ」と振り返る。職場にこんろ、ずんどうを持ち込んで試作を繰り返した。その生活を2年半続け、03年にようやく開店にこぎ着けた。

 「ようできちょる」。オープン後、店に顔を出した黒木さんからかけてもらった言葉は忘れない。後継者が出来たことに安心したのか、黒木さんは04年に店をたたみ、その翌年亡くなった。

   □    □

 「黒門」のメニューは、多くて1日120杯のラーメンとおにぎりの二つしかない。開店時間は午前11時から午後4時まで。その5時間を挟み、川内さんは早朝からスープを仕込み、夕方以降は翌日のチャーシューの準備と1人で調理場にこもり続ける。

 そんな川内さんが差し出した一杯は「端正」という言葉がぴったりだった。

 白濁ではなく、半透明の豚骨スープ。丁寧に根切りしたもやしと細かく刻んだアサツキ、バラとモモの二つの部位でつくったチャーシューにメンマが載る。スープを一口すすると、優しい口当たりだが、飲むたびにじわじわと豚骨の風味が口の中に広がる。余韻を楽しむうちにスープを全部飲み干していた。「『黒木』のラーメンを食べ続けたい」。川内さんの思いが分かるような気がした。

 川内さんは今も「黒木」のラーメンを追い続ける。「50年間一つの味が一線で生き残るのは並大抵のことではない。どうすればもっとうまくなるのか…」。だから、だろう。開店から11年たった今も自分のラーメンをまだ一度も食べてないとも言う。「黒木のラーメンが食べたくて始めたのにね」。川内さんはそう言ってはにかんだ。 (小川祥平)

   ◇    ◇

 日ごろ何げなく食べている一杯に、込められたドラマがある。豚骨、屋台、替え玉と独自の文化をはぐくみながら九州に広がり、愛されるラーメン。店ののれんをくぐり、その味の歴史をひもとく。

=2014/09/04付 西日本新聞朝刊=

PR

PR

注目のテーマ