<4>激戦区で愛される祖父の味 赤のれん(福岡市)

西日本新聞

「指導されるわけでもなく、見よう見まねで作り方を学びました」と語る津田敏茂さん 拡大

「指導されるわけでもなく、見よう見まねで作り方を学びました」と語る津田敏茂さん

福岡市中央区大名2の6の4。ラーメン550円。ラーメン定食750円。チャンポン650円。午前11時~午前0時。定休日は火曜日。092(741)0267。

 茶褐色のこってりスープ。しょうゆの香ばしさと豚骨の風味が、独特の平べったい麺と絡み合う。「『変わらんね』と言われるのが一番うれしいです」。祖父の代から「赤のれん」の味を引き継ぐ津田敏茂さん(44)は笑みをこぼす。

 店の歴史は敏茂さんの祖父、茂さん(故人)が始めた屋台までさかのぼる。店に詳しい資料は残っていなかったが、「誕生の秘話を知っている人がいる」との情報を得て山平ミヨ子さん(84)=福岡県新宮町=を訪ねた。

 山平さんの夫、進さん(故人)は1950年ごろ、福岡市でうどん屋台をやっていた。ある日、ミヨ子さんの実家の増築工事でやってきたのが大工の茂さんだった。満州に出征し、戻ってきたばかりの茂さん。食べるのにも困った様子を見かねた進さんが屋台経営を勧め、茂さんは大工の腕を生かして屋台を組み上げ、天ぷらを売り歩いた。

 意気投合した2人は新メニューの開発に乗り出す。そこで参考にしたのが茂さんが奉天(現在の中国・瀋陽)で食べた豚骨スープの麺料理だった。麺は自家製。スープは日本人好みに合わせて豚骨ラーメンを完成させた。

 1杯50円。当時、博多っ子にとってラーメンは珍しかった。「怖い人だった」(敏茂さん)という茂さんは、味に文句を言った客とのけんかもしばしば。スープに満足できず中洲の川に捨てたこともあったという。徐々に人気となり、福岡市東区箱崎に店舗を構え「赤のれん」と名付けた。山平さんも同区馬出に「博龍軒」を開いている。

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 敏茂さんは箱崎の店で麺箱に寝かされ、厨房(ちゅうぼう)でおんぶをされながら育った。84年に敏茂さんの父、節男さん(故人)が福岡市中央区渡辺通に「元祖赤のれん 節ちゃんラーメン」をオープン。敏茂さんは16歳の時から厨房に入った。当時はデパートにも出店、さらに屋台も経営していたため接客、出前と懸命に働いた。10年ほど前に節男さんが亡くなり、跡を継いだ。

 昨年11月、天神・西通り近くに移転した。新店舗でも、豚骨は強火で豚骨がぼろぼろになるまで18時間ほど煮込み、元ダレには先々代から受け継いだ香川県小豆島のしょうゆを使う。その作り方は変えていない。

 記者も20年以上前の中高生時代によく食べていた。一口すすれば、舌に思い出の味がよみがえる。懐かしい-。飲食店の激戦区である天神地区で長年愛され続けているのは「変わらない」ゆえではないだろうか。ただ敏茂さんは言う。「味を変えないのも難しいんですよ」

 (小川祥平)

=2014/10/16付 西日本新聞朝刊=

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