<8>こってりが好いとっけん 大臣閣(佐賀市)

西日本新聞

 近くには筑後川。対岸に福岡県大川市を望む街で半世紀にわたり親しまれてきた老舗だ。歴史を感じさせる店内で梶田桂子さん(47)は5年前の色あせた西日本新聞佐賀県版を見せてくれた。大臣閣(佐賀市)の紹介記事でラーメンを差し出すのは兄の大蔵さん。しかし、その姿は今はない。

 記事は私が佐賀で勤務していた時に書いたもの。大蔵さんは、暇さえあればラーメンを食べ歩いて研究し、夜中に起きてスープを仕込むこともあった。「こってりしたのが好いとっけん」と語った大蔵さんのラーメンは豚骨の濃厚なうまみにあふれていた。武骨で実直な人柄を表すような一杯だった。しかし、掲載から1年もたたない2010年12月29日、自宅で倒れ、翌日に帰らぬ人となった。直前まで厨房(ちゅうぼう)で仕込みをしていたそうだ。46歳という若さだった。

 大みそかが葬式。「自分が店をやっていくけん。任せとって」が口癖だったという息子に先立たれた民子さん(74)は途方に暮れた。「どうしていいのか分からず、店をやめようとも考えた」。思いとどまらせたのは弔問に訪れた常連客がつぶやいた言葉だった。「ここのラーメンがなくなったら、どこで食べればいいと」-。

 民子さんは桂子さんとともにのれんを守る決意をした。例年と同じように、元日明けの2日から店を開け、再出発した。

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 大臣閣の始まりは大蔵さんが生まれた1964年。それまで大川市で屋台をしていた民子さんの夫、義弘さん(故人)が対岸の佐賀県諸富町(現佐賀市)に店を構えた。当時から濃厚な豚骨ラーメンが売り。大川とともに家具の街として栄えていた諸富でもほどなく受け入れられ、木工所関係者でにぎわった。大蔵さんは高校卒業後に店に入り、最初は出前を担当。徐々にスープも任されるようになった。2004年に義弘さんが他界してからは店を引っ張ってきた。

 大蔵さんが亡くなって4年が過ぎた。民子さんは以前と変わらずに店の入り口近くに置いたいすに腰掛けて客を迎える。ずんどうを持ち上げたりと体力が必要なスープ作りは桂子さんが担う。「横で見ていたので作り方は分かる。父から兄に受け継がれた味を守っていきたい」。そう言って差し出した一杯は、茶褐色で丼の縁に気泡がたまった濃厚さを予感させるスープ。一口すするとぐいぐいと豚骨の風味が押し寄せてくる。それでいて元ダレに頼りすぎないからか柔らかみもある。一気に飲み干すと丼の底には大量の骨髄がたまっていた。「強火で10時間以上たいてますけん」。大蔵さんの言葉、そして味がよみがえってきた。

 (小川祥平)

=2015/01/15付 西日本新聞朝刊=

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