<2>幻想火星SF【火星年代記】

西日本新聞

 きのう紹介したアンディ・ウィアー『火星の人』はリアル系火星SFの最新型ですが、その対極に、幻想系の火星SFがある。心の中のフロンティアを赤い惑星に投影するタイプですね。E・R・バローズ『火星のプリンセス』(ディズニー映画『ジョン・カーター』の原作)あたりが源流か。

 その代表格が、ごぞんじレイ・ブラッドベリの『火星年代記』。冒頭に置かれたわずか1ページの掌編「ロケットの夏」を読むだけで、たちまち魔力に鷲掴(わしづか)みにされる。ロケット打ち上げの「熱い空気の大津波」が、オハイオ州の冬を一掃する場面。

「ロケットの夏(、、、、、、)。そのことばが、風通しのよくなった家に住む人々の口から口へ伝わった。ロケットの夏(、、、、、、)。あたたかい砂漠の空気が、窓ガラスの霜の模様を変化させ、芸術作品を消した。スキーや橇がにわかに無用のものとなった。冷たい空から町に降りつづいた雪は、地面に触れる前に、熱い雨に変質した」(小笠原豊樹訳)

 そうそう、むかし読んだな……と懐かしく思い出す人もいるでしょうが、実は現行の『火星年代記[新版]』(ハヤカワ文庫SF、2010年刊)は、おなじみのハヤカワ文庫NV版とは中身がちょっと違っている。

 1950年初刊の『火星年代記』は、ブラッドベリがあちこちに発表した火星にまつわる短編群から16編を選び、各編の頭に「二〇〇〇年一月」というふうに年月を追加して再配列し、つなぎの掌編を書き下ろして完成させた連作集。どれを入れるかについては、著者自身も迷いに迷ったらしい。最終的に、97年に出た決定版(現行の邦訳書新版)では、「空のあなたの道へ」を抜いて「荒野」(『太陽の黄金の林檎』所収)を入れ、「火の玉」(『刺青の男』)を追加収録。各話の年月を30年未来へずらしている。著者は、新しい序文の中で、本書は現実の科学に基づくSFではなく神話であり、だからこそいまだ錆(さ)びつかずに済んでいるのだと書く。妄想は科学より強し?

(書評家、翻訳家)

=2015/06/05付 西日本新聞朝刊=

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