<3>理解を超えた知性【ソラリス】

西日本新聞

 古今東西のSF作家の中で、最高の知性の持ち主は誰か? 作品から判断する限り、最有力候補は、ポーランドのスタニスワフ・レム。その天才が、人類とは異質な知性を正面から描き出した『ソラリス』は、近年のオールタイムベストSF投票で不動の1位を保つ名作中の名作。タルコフスキー監督とソダーバーグ監督による二度の映画化でご存じのかたも多いだろう。

 1961年に出た本書のおかげで、シリアスなSFに描かれる地球外知性(宇宙人)のありようが一変。それまでは、友好的にしろ敵対的にしろ「なかなか言葉の通じない外国人」レベルの異質さだったのが、もっと根源的な意味で人間の理解を阻む(可能性がある)存在になってしまったんですね。

 舞台は、知性を持つ海に覆われた惑星ソラリスの上空に浮かぶ研究ステーション。新たに派遣されてきた心理学者ケルヴィンは、自殺した恋人ハリーと遭遇する。そこにいるはずのない人間--研究員が「お客さん」と呼ぶ彼らの正体とは?

 「お客さん」を幽霊と考えれば、比類ない恐怖小説だし、ソラリスの海の動機を探るミステリとも、切ない悲恋物語とも読める。SF的な白眉(はくび)は、この(架空の)地球外知性について徹底的に考え抜いた(架空の)大著『ソラリス研究の十年』を紹介した部分。ものすごく真剣に築かれた嘘(うそ)八百の学術体系は、半世紀後のいま読んでもものすごくスリリングで面白い。

 今年4月に、ハヤカワ文庫SFの通巻2000番作品として刊行された沼野充義訳の『ソラリス』は、国書刊行会から2004年に出た単行本の文庫化。日本の読者に長く親しまれてきた飯田規和訳『ソラリスの陽のもとに』は、一部が削除されたロシア語版からの重訳だったので、今回ようやく、ポーランド語からの完訳版が文庫で手軽に読めるようになった。印象がずいぶん違うので、旧版で読んだ人も、この機会にぜひ完訳版で再読してみてください。
(書評家、翻訳家)

※本紙記事と、内容が一部異なってます。

=2015/06/08付 西日本新聞朝刊=

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