<6>絢爛豪華な復讐譚【虎よ、虎よ!】

西日本新聞

 並の長編6冊分のアイデアを1冊に凝縮、それでも足りずに6冊分の悪趣味と矛盾とまちがいをぶちこんで、ガラクタの山から芸術作品をつくりあげた--そんなふうに評されたのが、アルフレッド・ベスターの歴史的名作『虎よ、虎よ!』(中田耕治訳、ハヤカワ文庫SF)。デュマ『モンテ・クリスト伯』を下敷きに、1956年に発表された、壮大なスケールの宇宙版復讐(ふくしゅう)物語である。

 背景は、精神の力による瞬間移動(作中では、発見者の名をとって、ジョウントと呼ばれる)が移動手段として太陽系に広く普及した25世紀。

 主人公は、丈夫な体以外なんの取り柄(え)もない三等機関士ガリー・フォイル。乗り組んでいた宇宙船《ノーマッド》が敵に攻撃され、ひとり生き残るが、船は航行不能となり、150日にわたって宇宙を漂流。絶望のさなか、すぐ近くを同じ財閥の船が通りかかる僥倖(ぎょうこう)に恵まれる。だが、あろうことか、その船《ヴォーガ》は救難信号を無視して通り過ぎた。ヴォーガ許すまじ。なんとしても生き延びて復讐してやる。その一念がフォイルを変えた……。

 と、そこから先の展開は超めまぐるしい。小惑星に居住する野蛮民族「科学人」に囚(とら)われて顔に刺青(いれずみ)を施され、骨董(こっとう)物の宇宙船を盗んで地球に帰還し、復讐の途中で捕まって洞窟病院に幽閉され、奇跡的に脱出してノーマッドの積み荷を回収し、惑星セレスの成り上がり貴族として(ギャツビーさながら)華麗に社交界デビュー……。

 ベスターは、作家として成功する前、アメリカンコミックのライターとして『スーパーマン』や『キャプテン・マーベル』などスーパーヒーローものを書きまくっていた。そこで培った技術を総動員して、アクション満載の、おそろしくスピーディかつ絢爛(けんらん)豪華な、俗悪さと深遠な哲学が同居する(のちに「ワイドスクリーン・バロック」と命名されるタイプの)小説を書き上げた。ジョウントで変貌した未来と権謀術数渦巻く太陽系社会のエキゾチックな描写がたまらない。夜更かしの覚悟を。
(書評家、翻訳家)

=2015/06/11付 西日本新聞朝刊=

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