【平和教育を考える】元高校教諭の物語<下>戦争の歴史 事実と解釈と 答えへの過程大切

西日本新聞

大東亜共栄圏を動物の物語にたとえた紙芝居。上村さんが古物市で購入した。収集した戦時資料の貸し出し依頼は全国から舞い込む 拡大

大東亜共栄圏を動物の物語にたとえた紙芝居。上村さんが古物市で購入した。収集した戦時資料の貸し出し依頼は全国から舞い込む

 戦後70年、戦争体験者の高齢化が進み、児童生徒たちが語り部(証言者)の話に耳を傾ける平和授業は、難しくなっていきそうだ。あの戦争をめぐっては、国内外でさまざまな歴史認識、捉え方があり、教科書の記述を含め、歴史教育のあり方を見直そうとする動きも強まっている。平和につながる歴史教育の姿とは。高校で長年、日本史を教えた上村真理子さん(61)=熊本県宇城市=と考えた。

 -平和学習では沖縄慰霊の日(6月23日)、広島原爆(8月6日)、長崎原爆(8月9日)、各地の大空襲に合わせ、「あの日」を思い返し、戦争と平和を考える取り組みが続いている。

 上村 地域や家族があの日、戦争によってどんな状況に追い込まれ、命や暮らしが奪われたか。身近な視点から、戦争を考え続けることは大切だ。だが、だれもが望むはずもない戦争へ、日本はなぜ向かっていったのか。それを容認する時代の流れはどうやって形成されていったのか。

 太平洋戦争前も、日清戦争(1894~95年)▽日露戦争(1904~05年)▽第1次世界大戦(14~18年)と、ほぼ10年ごとに戦争は起こっている。戦前の歩みを含めた、もっと長い歴史の文脈からの学びが求められていると思う。

 -でも、戦争の歴史を教えることは難しい。真実はなかなか見えず、立ち位置によって解釈も変わる。

 上村 生徒たちと同じように、私も戦争を知らない世代だ。私の場合は、勤務していた学校の歴史を調べる中で、戦争とは何だったのかという疑問が膨らみ、戦時資料の収集につながった。戦時中に書かれた子どもたちの作文、教員向けの冊子「戦力増強の教育」、大東亜共栄圏を伝える紙芝居…。すべてが、今の感覚では到底理解できない「驚き」であり、「疑問」が膨らみ、また調べる。歴史を学ぶって、そんな繰り返しなんじゃないかな。

 生徒たちに日本史を教えていて、違和感を覚えるのは「すぐに答えを求めたがる」こと。答えに至るプロセスにこそ、知る楽しみや発見があり、答えは一つとは限らない。インターネットで上手に検索して、コピペ(コピー貼り付け)して、宿題を提出する生徒もいた。だから、生徒にはいつも言っていた。「そんなに簡単に分かるもんと、ちゃうでー(違うよ)」

 歴史の中には、動かしがたい事実と、解釈が分かれる部分がある。そうした複数の視点を含めて、私は生徒たちに伝えていた。

 -平和につながる歴史学習とはどんな姿だろう。

 上村 兵庫県で高校教員をしていた20年前、阪神大震災を経験した。生徒たちは無事だったが、私が住んでいた住宅は傾き、学校は避難所になった。見ず知らずの人同士が助け合い、「大丈夫か、水はあるか」と声を掛け合った。

 忘却、無関心ほど怖いものはないと思う。それは、戦争という歴史についても同じだと思う。戦争や震災の過去の延長、つながりの中に今がある。

 私は、日本が近代国家を目指す、大正時代の歴史にひかれる。大正デモクラシーなどの歩みが、教科書には記されている。でも、その後の戦争の歩みを考えると、本当の意味で民主主義への一歩だったのかと疑問に思う。そうした民主主義への問い掛けは、今の時代にもまた求められている。

 選挙権年齢を18歳以上に引き下げる改正公選法が今月17日、成立した。児童や生徒たちには、社会や時代とどう関わっていくか。戦争の歴史から何を学ぶか。そんな視点を含めた市民性教育(シティズンシップ教育)がより求められている。


=2015/06/23付 西日本新聞朝刊=

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