戦時の「禁演落語」口演 平和見つめ直して 国会議員が企画

西日本新聞

禁演落語を聞く会で口演する林家たい平さん 拡大

禁演落語を聞く会で口演する林家たい平さん

 落語は人を笑わせ、元気にしてくれる。だが、時局にそぐわないとして、戦時中に「封印」されていた演目もある。この「禁演落語」を聞く会が5月末、東京・永田町の参議院議員会館で開かれた。国会では安全保障法制をめぐって与野党が対立するが、「平和を見つめ直す機会に」と超党派の国会議員が企画した。

 「花魁(おいらん)は寝込んでるんだな」

 「そうなんです。申し訳ございません」

 「だったら見舞ってやっぺ」

 議員会館講堂に設けられた高座に上がったのは、人気落語家の林家たい平さん(50)。巧みな話しぶりに、観客約250人からどっと笑いが起こった。

 演目は「お見立て」。吉原の遊郭にいる花魁のもとに、嫌いな客がやってくる。花魁は若い衆に「風邪で寝込んでいる」とうそをつくように頼むが、客は引き下がらない。しまいには「花魁が死んだ」といううそに発展し、客を墓に案内することになってしまう-という内容だ。

 「禁演落語」は自主規制により生まれた。1941年10月、落語家らは遊郭や酒、不倫や犯罪などの場面が登場する53演目を不謹慎だと判断。東京・台東区の本法寺に「はなし塚」を建立し、台本を埋めて口演を禁じた。

 生活物資の統制が始まり、英語が「敵性語」として禁じられていたころだ。落語全体を禁じられるのを防ぐためだったという。「品川心中」「明烏(あけがらす)」「五人廻(まわ)し」「居残り佐平次」など、名作とうたわれた作品も含まれていた。

 終戦翌年の46年9月、禁演落語復活祭が開かれ、5年ぶりに自粛は解除された。東京大空襲で本堂は焼失したが、はなし塚は無傷だったという。2001年からは毎年8月に落語芸術協会による法要が行われている。

 今回は社民党の福島瑞穂参院議員が、偶然同じ新幹線に乗り合わせたたい平さんに依頼。呼び掛け人には、自民党から共産党まで議員17人が名を連ねた。

 たい平さんは「たわいもない笑い話が戦争でできなくなってしまう、恐ろしい時代があった。楽しい落語を聞いて笑って、今は平和だなと思ってもらえたらうれしい」と話していた。

 東京の浅草演芸ホールでは、毎年8月に禁演落語会を行っているほか、全国各地で禁演落語を聞く会が催されている。


=2015/06/30付 西日本新聞朝刊=

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