葛藤の現場から~「知日派」はいま 政治家(上)思想と立場、使い分け

西日本新聞

忠清南道知事として熊本市を訪れ、蒲島郁夫知事(右)と会談する韓国の李完九前首相(左)=2009年7月 拡大

忠清南道知事として熊本市を訪れ、蒲島郁夫知事(右)と会談する韓国の李完九前首相(左)=2009年7月

 大統領に次ぐ韓国政府ナンバー2の李完九(イ・ワング)前首相(65)が、ソウルの政府庁舎に4月9日午後、韓国の記者たちを緊急招集した。後に辞職の引き金となる自身の裏金疑惑の発覚前。首相就任から2カ月のことだった。

 「歴史歪曲(わいきょく)は絶対にあってはならない。大韓民国国民はいかなる場合でも容認しない。民族の魂を否定するものだ」。李氏は激しく日本を批判した。怒りの矛先は古代史観だ。

 日本の文化庁はホームページで、朝鮮半島由来の所蔵品の製作時期を「任那時代」と表記していた。任那は古代の朝鮮半島南部にあり、倭(大和朝廷)の勢力圏にあったとされる。韓国には「任那日本府説は根拠が薄い」と反発がある。

 しかし、対日批判は外務省の仕事で、首相自ら乗り出すのは異例だ。李氏は事前に尹炳世(ユン・ビョンセ)外相に断りを入れ、自らカメラの前に立った。それほど「怒り」が強かったのだろうか。

 歴史研究者の著書を配り、韓国の学説を語り続ける李氏。その姿に「怒り」とは別の「におい」をかぎ取った記者たちはささやきあった。

 「彼は大統領になりたいんだな」

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 李氏は2006年から韓国中部・忠清南道の知事を務めた。忠清南道は古代日本と交流があった「百済」の都があったことで知られる。「百済文化」を通じた日韓交流が盛んだ。

 李氏の訪日は知事在任の3年半で7回に上る。09年7月には姉妹関係にある熊本県を訪れ、蒲島郁夫知事と互いの交流拡大を約束した。07年6月には「百済と飛鳥」をテーマにした大阪市のシンポジウムで講演。「過去に執着しすぎると、両国の利益にならない」と述べている。

 「大物」の豹変(ひょうへん)-。知事から国政に転じ、首相にまで上り詰めた李氏は今春、世論調査の「次期大統領にふさわしい人物」で4位にランクされていた。

 2年後には次期大統領選がある。「日本を批判するのは、世論に愛国心をアピールするため。『上』を目指す政治家のやることで、李氏は得意の古代史でそれをやったわけです」

 李氏とも交友がある韓国紙の元政治記者はこう解説した。

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 思惑含みの対日批判。逆に韓国政界では、日本と近いとみなされた政治家が窮地に陥ることもある。

 与党セヌリ党国会議員の羅卿(ナ・ギョンウォン)氏(51)は11年のソウル市長選に立候補した。正式出馬表明の直前、ある映像がインターネットで広がった。

 新人議員だった羅氏が04年、ソウルの日本大使館が開いた自衛隊創立50周年式典を訪れる場面が映っていた。メディアが一斉に取り上げ、世論の批判が起きた。財をなした羅氏の祖父が日本統治時代の公務員だったことも報じられた。羅氏は落選した。

 「彼女は日本語も少しできるし、日本が好き。ただ、当時の『親日批判』は本人も相当こたえた。日本への姿勢は慎重にならざるを得ない」。弁護士でもある羅氏と同僚だったソウルの弁護士はそうみている。

 国政復帰した羅氏は現在、国会外交統一委員長。4月には訪日し、岸田文雄外相らと会談。日本の女性議員と居酒屋で懇談した。一方で、「明治日本の産業革命遺産」をめぐる日韓対立では、中国を訪問するなど世界文化遺産登録の反対活動の先頭に立つ。

 韓国の政治家が持つ二面性である。

 ※「〓」は王ヘンに「爰」

=2015/06/16付 西日本新聞朝刊=

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