博多ロック編<252>ストレートで、骨太で

西日本新聞

「ザ・ルースターズ」=デビューアルバムのジャケットから(部分) 拡大

「ザ・ルースターズ」=デビューアルバムのジャケットから(部分)

 1976年ごろ、北九州市の洞海湾を戸畑から若松に向かう渡船に「サンハウス」の鮎川誠と「薔薇族」の大江慎也は一緒に乗っていた。同市門司区でのライブで共演した帰りだった。鮎川は振り返る。

 「このときに初めて会った。私から話しかけたことを覚えています」

 このころ、鮎川はシーナの出産のために、シーナの実家があった同市・若松に身を寄せていた。大江もまた若松方面に住んでいたことから共に渡船に乗ったのだ。それから大江は時々、シーナの実家に立ち寄った。鮎川は言う。

 「私がいないときはシーナと話をしていました」

 「薔薇族」は1975年ごろに大江と池畑潤二が結成し、79年1月には「人間クラブ」に、同年10月には「ルースターズ」へと姿を変えていく。初期メンバーは大江(ボーカル、ギター)池畑(ドラム)、花田裕之(ギター)、井上富雄(ベース)の4人だった。

 「ルースターズ」は北九州を代表するロックバンドではあるが、博多ロックにくくられることが多い。

 花田は「博多のバンドと言われてもピンとこなかったかな」とロック本『博多とロック』の中で語っている。

 鮎川は「ルースターズ」について「ストレートで骨太なバンドだと思った」と話す。ブリティッシュ・ビートに、バンド名はブルースの名曲から取られている。鮎川は「サンハウス」と同じにおいを感じたに違いない。

 「ルースターズ」は博多でもライブを打っている。石井聰亙(そうご)(現・石井岳龍(がくりゅう))監督のSFアクション映画「爆裂都市」(82年公開)では「ロッカーズ」と組んで「バトル・ロッカーズ」を結成している。博多ロックと深くクロスしている。

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 「ルースターズ」は結成して2年目の80年11月にプロデビューする。花田は次のように語っている。

 「デビューまで、本当に早かったよね。大江が精力的に東京にテープを送ったり、オーディションに出たり…」

 その後、順調にアルバムを出した。82年ごろ、バンドの核だった大江が精神的な不調に陥り、88年に活動を停止、2004年の「フジ・ロック・フェスティバル」でのオリジナルメンバーによるライブをもって正式に解散した。

 「ルースターズ」の歌詞、音はフロントの大江の資質もあってストレートな骨太さと同時に、詩的繊細さも合わせ持っていた。それがファンにも届き、支持され、博多ロックだけでなく、日本のロックにも影響を与えた。

 =敬称略

 (田代俊一郎)


=2015/07/06付 西日本新聞夕刊=

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