<25>人工知能の教育【あなたのための物語】

西日本新聞

 この5月に日本公開されたニール・ブロムカンプ監督の最新作「チャッピー」は、ロボットの教育がテーマ。生まれたてのAIを搭載した中古ロボットを強奪したギャングのカップルが、なんとか彼を一人前のギャングに育てようと奮闘するくだりは最高におかしい。もっともこれは、まんざらただの笑い話でもない。AIだってちゃんと育てるには時間がかかる--という可能性は、テッド・チャンの中編「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」でもリアルに描かれる。また、長谷敏司『あなたのための物語』(ハヤカワ文庫JA)では、AI(のような擬似人格)に小説を書かせるため、主人公が教育と訓練に明け暮れる。

 時は2083年。サマンサ・ウォーカーは、21歳のときに人工神経の制御言語を開発して、ニューロロジカル社を創業。同社はその後、世界的な大企業に成長したが、莫大(ばくだい)な財産と名声を手に入れた今も、サマンサはシアトルの研究所で開発の第一線に立つ。現在の研究テーマは、脳内に疑似的な神経配置をつくりだすシステム、ITP。この技術が実現すれば、言葉を介さずに、知識や経験を直接伝達することが可能になる。チームは、ITPの創造性を実証するため、ITPで記述した疑似人格《wanna be( なりたい )》を量子コンピュータ上に走らせ、小説を書かせる実験を行っていた。与えられる小説を次々に読破し、模倣から出発して、たどたどしく小説を書きはじめる《彼》。だが、プロジェクトの中心にいるサマンサは、不治の免疫疾患にかかっていることが判明、余命半年と宣告される……。

 小説は、サマンサが35歳の誕生日を前に死ぬ場面で始まり、彼女の生涯の最後の数カ月を語りはじめる。SF作家・伊藤計劃が34歳の若さで世を去った5カ月後に出たこともあり、初読のときは、作中のサマンサが、死の間際まで小説を書きつづけた彼の姿に重なって見えてしかたがなかったのをよく覚えている。いずれにせよ、ここまで真剣に“死”と向き合ったSFも珍しい。ずっしり重いが、その重さに見合う価値のある1冊。

(書評家、翻訳家)

=2015/07/09付 西日本新聞朝刊=

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