【自由帳】岩手・中2死亡といじめ対策 教師集団づくり急務

西日本新聞

 〈ボクがいつ消えるかはわかりません。ですが、先生からたくさん希望をもらいました。感謝しています。もうすこしがんばってみます。ただ、もう市(死)ぬ場所はきまってるんですけどね。まあいいか〉(男子生徒の記述)

 〈明日からの研修たのしみましょうね〉(担任教諭のコメント)

 岩手県矢巾(やはば)町の中学2年男子生徒が自殺した背景に、いじめ問題が浮かび上がっている。生徒と担任の間で交わされた「生活記録ノート」の最後の記述(6月29日、月曜日)はあまりにちぐはぐで、痛々しい。

 一連の記事を読みながら、九州大人間環境学研究院の田嶌誠一教授(臨床心理学)は「先生と生徒の関係」について考えるという。

 人は、自分ではどうにもできない困難な状況に置かれたとき、(1)否認(問題がないと思い込む)(2)選択的不注意(問題への鈍化)(3)問題の過小評価(そこまで深刻ではない)(4)思考停止(考えることを中止する)-といったパターンに陥りがちだ。

 「まさか、自分のクラスに限って、そんな深刻なことが起こっているはずはない」。担任の記述からは「問題の過小評価」が読み取れるという。

 担任は努めて明るいコメントを返したとも考えられるが、もはや万策尽きた「思考停止」にも映る。

 「その場しのぎの言葉が最も破壊的」。田嶌教授は、担任が生徒に返した〈みんなと協力してがんばろう〉などの言葉に違和感を覚えるという。

 「加害生徒を指導した。それでも、いじめが止まらなかったなら、先生たちはこうやって君を守る。君が死んだら、先生が一番悲しい。君に絶対死んでほしくない」。言葉と行動(具体的な打開策の提示)がセットにならなければ、生徒の心には響かない。あのとき、生徒が担任に求めていたのは、そんな対面での肉声ではなかったかという。

 「深刻な事態につながりかねない、こうした問題に日々直面している先生の中で、果たして自信を持って指導ができる先生が何人いるだろう」

 「いじめを、ちゃんと見つけて、叱ればいいだろうという人がいる。だが、先生が権威だった時代ではもはやなく、当たり前の指導が通らなくなっている。指導の土台が揺らいでいる」

 田嶌教授と話しながら、あのやりとりは、生徒の「SOS」であり、担任の「SOS」でもあったのではないか、とも思えた。

 教育評論家として知られる尾木直樹さんが、東京都の中学校教諭時代、初めていじめ問題に直面したのも2年生の担任だった。

 「弱い子の立場、気持ちが分かる人になろう」をスローガンに、転任したばかりの学校で学級づくりに手応えを感じ始めたころ、いじめ問題が発覚した。

 記名式アンケートと徹底分析、緊急保護者会、加害者生徒への「逃げ道」を残した指導、作文(書く)を通じた和解などで、事態は徐々に改善し、その動きを学級活動(学級自治)、生徒会運動を通じて学年、全校に広げていったという。

 尾木さんの教師力もあろうが、問題を教員一人で抱え込まず、生徒、保護者、生徒会を巻き込み、打開の糸口をつかんだ。尾木さんはその実践報告の中で、こう記す。

 〈一般に教師はことのほか「わがクラス意識」が強く、連帯を拒む精神構造を持っていることが多い。学級集団づくりも全校集団づくりも、その前提として優れた教師集団づくりが必要だということです〉

 大津市の中学2年男子生徒がいじめを苦に自殺した事件(2011年)を受け、「いじめ防止対策推進法」が13年に施行された。だが、各学校の取り組みは道半ばであることを、岩手県のケースは浮き彫りにしている。

 子どもの「SOS」の前に、教員の「SOS」への学校内外からの気づきと支援。岩手県の事例の背景はまだ見えないが、そんな視点も求められているように思える。

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 【ワードBOX】いじめ防止対策推進法

 いじめ防止のため、各学校には複数の教職員、心理、福祉の専門家らでつくる組織の設置、調査が義務づけられた。児童生徒が心身に重い被害を受けたり、長期欠席を強いられたりするケースは「重大事案」とし、学校から首長などへの報告が義務づけられた。学校では、いじめた側の児童生徒への一定の懲戒処分が認められ、教育委員会は必要と判断すれば、いじめた側の児童生徒の出席停止処分もできるようになった。


=2015/07/14付 西日本新聞朝刊=

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