<27>仮想人格の可能性【ゼンデギ】

西日本新聞

 先週、“死”と向き合う現代SFの名作として、長谷敏司『あなたのための物語』とウィリス『航路』の2冊を紹介したが、このテーマだと、先月末に邦訳が出たグレッグ・イーガン『ゼンデギ』(山岸真訳、ハヤカワ文庫SF)も見逃せない。死を覚悟した父親が、まだ幼い息子のため、人生の導き手となるような仮想人格(自分の人格の一部を模倣するAI)を残せないかと考える--というのがこの長編の核心部分。

 SFの世界では、人格をコンピュータにアップロード(転写)することで永遠に近い寿命を獲得するパターンがよくあって、同じイーガンの『順列都市』や『ディアスポラ』では、数十億年の時間が平気で流れるんですが、人格をまるごと電子的にコピーする技術は、もし実現するとしても、遠い未来の話。今の段階では、人間の受け答えをそこそこうまく真似(まね)られるプログラムが実現している程度なので、そのもう一歩先を描くのが本書ということになる。

 主役の片方は、オーストラリアからテヘランにやってきた元新聞記者のマーティン。イラン人女性と結婚して家庭を持ち、夫婦で小さな書店を経営しながら、一人息子のジャヴィード(5歳)を育てている。

 もう片方は、幼少時に母親とともにアメリカに亡命したイラン人女性ナシム。かつては脳の神経回路地図作成を目標とするMITの研究チームの一員だったが、2027年現在、テヘランのゲーム会社〈ゼンデギ〉でコンピュータ部門の現場を指揮する立場にある。

 ともにテヘランに住む2人は、ある出来事をきっかけに出会い、やがて共通の目的のために働くことになる。鍵を握るのは、脳に刺激を与えて反応データを集め、その脳の働きをコンピュータに真似させる“サイドローディング”と呼ばれる技術。たとえば、人気スポーツ選手の運動能力をとりだしてゲームのキャラに利用したり。イーガンは、そういういかにもありそうな技術を父子のドラマと重ねて、胸に迫る物語を紡ぐ。たいへん読みやすい長編なので、イーガン未体験の人もぜひ。 

(書評家、翻訳家)

=2015/07/14付 西日本新聞朝刊=

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