<28>”半生者”との対話【ユービック】

西日本新聞

 デジタル化ではなく、もっと古典的な方法で死を克服(もしくは先延ばし)するSFもある。フィリップ・K・ディックが作家歴の中期にあたる1969年に発表した長編『ユービック』(浅倉久志訳、ハヤカワ文庫SF)には、死の直前に冷凍保存された“半生者(ハーフ・ライファー)”たちが出てくる。〈安息所〉の棺に安置された彼らは、親族が訪ねてくると、その間だけ蘇生して、イヤフォンを通じて助言や励ましを与える。こうすることで、残りわずかな寿命を長く引き延ばせる仕組み。

 著者のディックは今から33年も前の1982年に53歳で世を去ったが、その人気はいまも衰えず、34冊のSF長編と120編余のSF短編すべてが邦訳されている。「ブレードランナー」や「トータル・リコール」「マイノリティ・リポート」など、映画版もヒット作多数。

 昨年、SFマガジン10月号では、それらすべてのディック関連作品から読者投票でベストを決める「PKD総選挙」を実施。代表作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を抑えて堂々1位に輝いたのがこの『ユービック』だった。

 もっとも、半生者の話は本書の本筋ではない。主人公のランシターは、超能力者の力場を中和する不活性者たちを集めた会社の社長。月の研究施設に潜む能力者に対処してほしいとの依頼を受けた彼は、11人の腕利きを率いて月に乗り込む。だがそれは、敵の罠(わな)だった……。

 大きな犠牲を出しながらなんとか地球に帰還した彼らは、奇怪な事態に見舞われる。まわりのものがどんどん古くなる時間退行現象。最新型のテレビは木製キャビネット入りの古ぼけたAMラジオに変わり、第2次大戦前のドラマを流しはじめる。オーディオシステムは蓄音機になり、自動車は1929年のA型フォードに……という具合。それを止めたければ、ユービック・スプレーをさっとひと噴きしてください--と、コマーシャルは宣伝するのだが、いったいユービックとはなんなのか? ディック十八番の現実崩壊感覚を堪能できるスリリングな超能力サスペンス。

(書評家、翻訳家)

=2015/07/15付 西日本新聞朝刊=

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