<30>そういうものだ【スローターハウス5】

西日本新聞

 きのう紹介したテッド・チャンの短編「あなたの人生の物語」の異星人ヘプタポッドには、実は、先輩格にあたる存在がいる。カート・ヴォネガット・ジュニアの長編『スローターハウス5』(伊藤典夫訳、ハヤカワ文庫SF)に登場するトラルファマドール星人がそれ。彼らは、人間がロッキー山脈を眺めるように、現在、過去、未来のあらゆる瞬間を一望するという。トラルファマドール星人に誘拐され、動物園に入れられた地球人ビリー・ピルグリムは、“けいれん的時間旅行者”となり、自分の人生のさまざまな場面をランダムに経験することになる。彼の物語は、こんなふうに始まる。

〈聞きたまえ--/ビリー・ピルグリムは時間のなかに解き放たれた。/ビリーは老いぼれた男やもめになって眠りに落ち、自分の結婚式当日に目覚めた。あるドアから一九五五年にはいり、一九四一年、べつのドアから歩みでた。そのドアをふたたび通りぬけると、そこは一九六三年だった。(後略)〉

 この“人生のいろんな場面をランダムに生きる”というアイデアは、F・M・バズビイ「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」や、小林泰三「酔歩する男」など、さまざまな作品に再利用されてますが、ヴォネガットは、けいれん的に時代を飛ぶこの語りを駆使して、自分自身が経験したドレスデン無差別爆撃(第2次世界大戦末期の連合国軍による空襲で、死者15万とも言われる)の狂気を描き出す。

 あらゆる瞬間を一望するトラルファマドール星人は、死を悲しんだりしない。だからビリーも、彼らにならって、作中で死者が出るたびにこうつぶやく。「そういうものだ」

 本書の第1章には語り手としてヴォネガット自身が登場し、ドレスデン爆撃に関する本を書きはじめたいきさつを語る。冒頭にいわく、「ここにあることは、まあ、大体そのとおり起った。とにかく戦争の部分はかなりのところまで事実である」。つまり、SF的な設定は、自分の経験した事実を効果的に語るための手段にすぎないのだが、結果的に、その“設定”のほうが、のちのSFに大きな影響を与えたのである。

(書評家、翻訳家)

=2015/07/17付 西日本新聞朝刊=

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