<32>水没する世界【華竜の宮】

西日本新聞

 日本SF史上最大のベストセラーと言えば、もちろん、小松左京『日本沈没』(1973年)。光文社カッパ・ノベルスで上下巻合計385万部を売ったというからすさまじい。出版史に残る作品だけに、のちのSFにも大きな影響を与えている。たとえば、藤崎慎吾『ハイドゥナン』(2005年)は、“隠れマッド・サイエンティスツ”を自称する科学者たちが日本政府から資金を引き出し、巫女(みこ)の力を借りて“日本沈没”を止めようとするスリリングな海洋本格SFだ。

 一方、「ベストSF2010」国内篇で1位を獲得、11年の第32回日本SF大賞を受賞した上田早夕里『華竜の宮』(ハヤカワ文庫JA)は、世界が水没に瀕(ひん)した25世紀が背景。ホットプルーム(地球の核に熱せられて上昇してくる高温のマントルの流れ)の活性化がもたらした海底隆起により、海面は現在より約260メートルも上昇。陸地の大半は海に沈み、世界人口は激減。残された人々は、わずかな陸地および海上都市に暮らす陸上民と、遺伝子改変により海に適応した海上民とに分かれている。

 主人公の青澄誠司(アオズミセイジ)は、日本群島近傍の海上都市エア01に置かれた日本政府の外洋公館に勤務する外交官。脳波通信でつねに接続しているアシスタント知性体(人工身体をまとい、ロボットとして活動することもある)の支援を受け、高度な情報処理をこなしている(小説の大部分は、このAI“僕”の一人称で語られる)。青澄は、アジア海域における海上民と陸上民の対立を解消すべく、多数の海上民を束ねるオサとの会談に臨む。だが、その一方、地球は残された人類にさらなる試練を与えようとしていた……。

 プルームテクトニクス理論にもとづく最新の地球科学、〈獣舟〉と呼ばれる奇怪な生物の驚くべき生態、歪(ゆが)んだバイオテクノロジー、外交術を駆使した政治的な駆け引き、手に汗握る海中での戦闘……。エンターテインメントのあらゆる要素を詰め込んだ迫力満点の大長編。姉妹編に、本書の前日譚にあたる『深紅の碑文』(2013年)がある。

(書評家、翻訳家)

=2015/07/21付 西日本新聞朝刊=

PR

連載 アクセスランキング

PR

注目のテーマ